停車場前の茶店に腰を下ろして、蓬餅を眺めながら汽車論を考えた。これは写生帖へかく訳にも行かず、人に話す必要もないから、だまって、餅を食いながら茶を飲む。
向うの床几には二人かけている。等しく草鞋穿きで、一人は赤毛布、一人は千草色の股引の膝頭に継布をあてて、継布のあたった所を手で抑えている。
「やっぱり駄目かね」
「駄目さあ」
「牛のように胃袋が二つあると、いいなあ」
「二つあれば申し分はなえさ、一つが悪るくなりゃ、切ってしまえば済むから」
この田舎者は胃病と見える。彼らは満洲の野に吹く風の臭いも知らぬ。現代文明の弊をも見認めぬ。革命とはいかなるものか、文字さえ聞いた事もあるまい。あるいは自己の胃袋が一つあるか二つあるかそれすら弁じ得んだろう。余は写生帖を出して、二人の姿を描き取った。
じゃらんじゃらんと号鈴が鳴る。切符はすでに買うてある。
「さあ、行きましょ」と那美さんが立つ。
「どうれ」と老人も立つ。一行は揃って改札場を通り抜けて、プラットフォームへ出る。号鈴がしきりに鳴る。
轟と音がして、白く光る鉄路の上を、文明の長蛇が蜿蜒て来る。文明の長蛇は口から黒い煙を吐く。
「いよいよ御別かれか」と老人が云う。
「それでは御機嫌よう」と久一さんが頭を下げる。
「死んで御出で」と那美さんが再び云う。
「荷物は来たかい」と兄さんが聞く。