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草枕 十三(6)

时间: 2021-03-09    进入日语论坛
核心提示: 蛇は吾々(われわれ)の前でとまる。横腹の戸がいくつもあく。人が出たり、這入(はい)ったりする。久一さんは乗った。老人も兄さ
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 蛇は吾々(われわれ)の前でとまる。横腹の戸がいくつもあく。人が出たり、這入(はい)ったりする。久一さんは乗った。老人も兄さんも、那美さんも、余もそとに立っている。
 車輪が一つ廻れば久一さんはすでに吾らが世の人ではない。遠い、遠い世界へ行ってしまう。その世界では煙硝(えんしょう)(にお)いの中で、人が働いている。そうして赤いものに(すべ)って、むやみに(ころ)ぶ。空では大きな音がどどんどどんと云う。これからそう云う所へ行く久一さんは車のなかに立って無言のまま、吾々を(なが)めている。吾々を山の中から引き出した久一さんと、引き出された吾々の因果(いんが)はここで切れる。もうすでに切れかかっている。車の戸と窓があいているだけで、御互(おたがい)の顔が見えるだけで、行く人と留まる人の間が六尺ばかり(へだた)っているだけで、因果はもう切れかかっている。
 車掌が、ぴしゃりぴしゃりと戸を()てながら、こちらへ走って来る。一つ閉てるごとに、行く人と、送る人の距離はますます遠くなる。やがて久一さんの車室の戸もぴしゃりとしまった。世界はもう二つに()った。老人は思わず窓側(まどぎわ)へ寄る。青年は窓から首を出す。
「あぶない。出ますよ」と云う声の下から、未練(みれん)のない鉄車(てっしゃ)の音がごっとりごっとりと調子を取って動き出す。窓は一つ一つ、余等(われわれ)の前を通る。久一さんの顔が小さくなって、最後の三等列車が、余の前を通るとき、窓の中から、また一つ顔が出た。
 茶色のはげた中折帽の下から、(ひげ)だらけな野武士が名残(なご)惜気(おしげ)に首を出した。そのとき、那美さんと野武士は思わず顔を見合(みあわ)せた。鉄車(てっしゃ)はごとりごとりと運転する。野武士の顔はすぐ消えた。那美さんは茫然(ぼうぜん)として、行く汽車を見送る。その茫然のうちには不思議にも今までかつて見た事のない「(あわ)れ」が一面に浮いている。
「それだ! それだ! それが出れば()になりますよ」と余は那美さんの肩を(たた)きながら小声に云った。余が胸中の画面はこの咄嗟(とっさ)の際に成就(じょうじゅ)したのである。

 

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