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虞美人草 一(1)

时间: 2021-03-09    进入日语论坛
核心提示:「随分遠いね。元来(がんらい)どこから登るのだ」と一人(ひとり)が手巾(ハンケチ)で額(ひたい)を拭きながら立ち留(どま)った。「
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「随分遠いね。元来(がんらい)どこから登るのだ」
一人(ひとり)手巾(ハンケチ)(ひたい)を拭きながら立ち(どま)った。
「どこか(おれ)にも判然せんがね。どこから登ったって、同じ事だ。山はあすこに見えているんだから」
と顔も体躯(からだ)も四角に出来上った男が無雑作(むぞうさ)に答えた。
 (そり)を打った中折れの茶の(ひさし)の下から、深き(まゆ)を動かしながら、見上げる頭の上には、微茫(かすか)なる春の空の、底までも(あい)を漂わして、吹けば(うご)くかと怪しまるるほど柔らかき中に屹然(きつぜん)として、どうする気かと()わぬばかりに叡山(えいざん)(そび)えている。
「恐ろしい頑固(がんこ)な山だなあ」と四角な胸を突き出して、ちょっと桜の(つえ)に身を()たせていたが、
「あんなに見えるんだから、(わけ)はない」と今度は叡山(えいざん)軽蔑(けいべつ)したような事を云う。
「あんなに見えるって、見えるのは今朝(けさ)宿を立つ時から見えている。京都へ来て叡山が見えなくなっちゃ大変だ」
「だから見えてるから、好いじゃないか。余計な事を云わずに歩行(ある)いていれば自然と山の上へ出るさ」
 細長い男は返事もせずに、帽子を脱いで、胸のあたりを(あお)いでいる。日頃(ひごろ)からなる(ひさし)(さえ)ぎられて、菜の花を染め出す春の強き日を受けぬ広き(ひたい)だけは目立って蒼白(あおしろ)い。
「おい、今から休息しちゃ大変だ、さあ早く行こう」
 相手は汗ばんだ額を、思うまま春風に(さら)して、(ねば)り着いた黒髪の、(さか)に飛ばぬを(うら)むごとくに、手巾(ハンケチ)を片手に握って、額とも云わず、顔とも云わず、頸窩(ぼんのくぼ)の尽くるあたりまで、くちゃくちゃに()き廻した。(うな)がされた事には頓着(とんじゃく)する気色(けしき)もなく、
「君はあの山を頑固(がんこ)だと云ったね」と聞く。
「うむ、動かばこそと云ったような按排(あんばい)じゃないか。こう云う風に」と四角な肩をいとど四角にして、()いた方の手に栄螺(さざえ)の親類をつくりながら、いささか我も動かばこその姿勢を見せる。

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