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虞美人草 二(7)

时间: 2021-03-10    进入日语论坛
核心提示:「可愛らしいんですよ。ちょうど安珍(あんちん)のようなの」「安珍は苛(ひど)い」 許せと云わぬばかりに、今度は受け留(と)めた
(单词翻译:双击或拖选)

「可愛らしいんですよ。ちょうど安珍(あんちん)のようなの」
「安珍は(ひど)い」
 許せと云わぬばかりに、今度は受け()めた。
「御不服なの」と女は眼元だけで笑う。
「だって……」
「だって、何が御厭(おいや)なの」
(わたし)は安珍のように逃げやしません」
 これを逃げ損ねの受太刀(うけだち)と云う。坊っちゃんは()を見て奇麗に引き上げる事を知らぬ。
「ホホホ私は清姫のように()()けますよ」
 男は黙っている。
(じゃ)になるには、少し年が()け過ぎていますかしら」
 時ならぬ春の稲妻(いなずま)は、女を出でて男の胸をするりと(とお)した。色は紫である。
藤尾(ふじお)さん」
「何です」
 呼んだ男と呼ばれた女は、面と向って対座している。六畳の座敷は(みど)り濃き植込に(へだ)てられて、往来に鳴る車の響さえ(かす)かである。寂寞(せきばく)たる浮世のうちに、ただ二人のみ、生きている。茶縁(ちゃべり)の畳を境に、二尺を(へだ)てて互に顔を見合した時、社会は彼らの(かたえ)を遠く立ち退()いた。救世軍はこの時太鼓を(たた)いて市中を練り()るいている。病院では腹膜炎で患者が虫の気息(いき)を引き取ろうとしている。露西亜(ロシア)では虚無党(きょむとう)が爆裂弾を投げている。停車場(ステーション)では掏摸(すり)(つら)まっている。火事がある。赤子(あかご)が生れかかっている。練兵場(れんぺいば)で新兵が叱られている。身を投げている。人を殺している。藤尾の(あに)さんと宗近君は叡山(えいざん)に登っている。
 花の()さえ重きに過ぐる深き(ちまた)に、呼び()わしたる男と女の姿が、死の底に()り込む春の影の上に、明らかに(おど)りあがる。宇宙は二人の宇宙である。脈々三千条の血管を越す、若き血潮の、寄せ(きた)る心臓の(とびら)は、恋と開き恋と閉じて、動かざる男女(なんにょ)を、躍然と大空裏(たいくうり)(えが)き出している。二人の運命はこの危うき刹那(せつな)(さだ)まる。東か西か、微塵(みじん)だに(たい)を動かせばそれぎりである。呼ぶはただごとではない、呼ばれるのもただごとではない。生死以上の難関を互の間に控えて、羃然(べきぜん)たる爆発物が()げ出されるか、抛げ出すか、動かざる二人の身体(からだ)二塊(ふたかたまり)である。
「御帰りいっ」と云う声が玄関に響くと、砂利(じゃり)(きし)る車輪がはたと行き留まった。(ふすま)を開ける音がする。小走りに廊下を伝う足音がする。張り詰めた二人の姿勢は(くず)れた。

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