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虞美人草 一(8)

时间: 2021-03-09    进入日语论坛
核心提示: 考えるともなく考えた甲野君はようやくに身を起した。また歩行(ある)かねばならぬ。見たくもない叡山を見て、いらざる豆の数々
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 考えるともなく考えた甲野君はようやくに身を起した。また歩行(ある)かねばならぬ。見たくもない叡山を見て、いらざる豆の数々に、役にも立たぬ登山の痕迹(こんせき)を、二三日がほどは、苦しき記念と残さねばならぬ。苦しき記念が必要ならば数えて白頭に至って尽きぬほどある。裂いて(ずい)にいって消えぬほどある。いたずらに足の底に(ふく)れ上る豆の十や二十――と切り石の鋭どき上に(なか)ば掛けたる編み上げの(かかと)を見下ろす途端(とたん)、石はきりりと(めん)()えて、乗せかけた足をすわと云う()に二尺ほど()べらした。甲野さんは
「万里の道を見ず」
と小声に(ぎん)じながら、(かさ)を力に、岨路(そばみち)を登り詰めると、急に折れた胸突坂(むなつきざか)が、下から来る人を天に(いざな)風情(ふぜい)で帽に(せま)って立っている。甲野さんは真廂(まびさし)(あお)って坂の下から真一文字に坂の尽きる(いただ)きを見上げた。坂の尽きた頂きから、淡きうちに限りなき春の色を(みな)ぎらしたる(はて)もなき空を見上げた。甲野さんはこの時
「ただ万里の天を見る」
と第二の句を、同じく小声に歌った。
 草山を登り詰めて、雑木(ぞうき)の間を四五段(のぼ)ると、急に肩から暗くなって、踏む靴の底が、湿(しめ)っぽく思われる。路は山の()を、西から東へ渡して、たちまちのうちに草を失するとすぐ森に移ったのである。近江(おうみ)の空を深く色どるこの森の、動かねば、その(かみ)の幹と、その上の枝が、幾重(いくえ)幾里に(つら)なりて、(むか)しながらの(みど)りを年ごとに黒く畳むと見える。二百の谷々を(うず)め、三百の神輿(みこし)を埋め、三千の悪僧を埋めて、なお余りある葉裏に、三藐三菩提(さまくさぼだい)の仏達を埋め尽くして、森々(しんしん)と半空に(そび)ゆるは、伝教大師(でんぎょうだいし)以来の杉である。甲野さんはただ一人この杉の下を通る。
 右よりし左よりして、行く人を両手に(さえ)ぎる杉の根は、土を穿(うが)ち石を裂いて深く地磐に食い入るのみか、余る力に、()ね返して暗き道を、二寸の高さに段々と横切っている。登らんとする(いわお)梯子(ていし)に、自然の枕木を敷いて、踏み心地よき幾級の(かい)を、山霊(さんれい)(たまもの)と甲野さんは息を切らして(のぼ)って行く。
 行く路の杉に(せま)って、暗きより()るるがごとく()い出ずる日影蔓(ひかげかずら)の、足に(まつ)わるほどに繁きを越せば、引かれたる(つる)の長きを伝わって、手も届かぬに、()ちかかる歯朶(しだ)の、風なき昼をふらふらと(うご)く。

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