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虞美人草 一(9)

时间: 2021-03-09    进入日语论坛
核心提示:「ここだ、ここだ」と宗近君が急に頭の上で天狗(てんぐ)のような声を出す。朽草(くちくさ)の土となるまで積み古(ふ)るしたる上を
(单词翻译:双击或拖选)

「ここだ、ここだ」
と宗近君が急に頭の上で天狗(てんぐ)のような声を出す。朽草(くちくさ)の土となるまで積み()るしたる上を、踏めば深靴を隠すほどに踏み答えもなきに、甲野さんはようやくの思で、蝙蝠傘(かわほりがさ)を力に、天狗(てんぐ)()まで、登って行く。
善哉善哉(ぜんざいぜんざい)、われ(なんじ)を待つ事ここに久しだ。全体何をぐずぐずしていたのだ」
 甲野さんはただああと云ったばかりで、いきなり蝙蝠傘を(ほう)り出すと、その上へどさりと尻持(しりもち)を突いた。
「また反吐(へど)か、反吐を吐く前に、ちょっとあの景色を見なさい。あれを見るとせっかくの反吐も残念ながら収まっちまう」
と例の桜の(つえ)で、杉の間を指す。天を封ずる老幹の亭々と行儀よく並ぶ隙間(すきま)に、(てきれき)近江(おうみ)(うみ)が光った。
「なるほど」と甲野さんは(ひとみ)()らす。
 鏡を延べたとばかりでは()き足らぬ。琵琶(びわ)の銘ある鏡の明かなるを()んで、叡山の天狗共が、(よい)(ぬす)んだ神酒(みき)(えい)に乗じて、曇れる気息(いき)を一面に吹き掛けたように――光るものの底に沈んだ上には、野と山にはびこる陽炎(かげろう)を巨人の絵の具皿にあつめて、ただ一刷(ひとはけ)(なす)り付けた、(れんえん)たる春色が、十里のほかに糢糊(もこ)棚引(たなび)いている。
「なるほど」と甲野さんはまた繰り返した。
「なるほどだけか。君は何を見せてやっても(うれ)しがらない男だね」
「見せてやるなんて、自分が作ったものじゃあるまいし」
「そう云う恩知らずは、得て哲学者にあるもんだ。親不孝な学問をして、日々(にちにち)人間と御無沙汰(ごぶさた)になって……」
「誠に済みません。――親不孝な学問か、ハハハハハ。君白い帆が見える。そら、あの島の青い山を(うしろ)にして――まるで動かんぜ。いつまで見ていても動かんぜ」
「退屈な帆だな。判然しないところが君に似ていらあ。しかし奇麗だ。おや、こっちにもいるぜ」
「あの、ずっと向うの紫色の岸の方にもある」
「うん、ある、ある。退屈だらけだ。べた一面だ」
「まるで夢のようだ」
「何が」
「何がって、眼前の景色がさ」
「うんそうか。僕はまた君が何か思い出したのかと思った。ものは君、さっさと片付けるに限るね。夢のごとしだって懐手(ふところで)をしていちゃ、駄目だよ」
「何を云ってるんだい」

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