御母さんの弁舌は滾々としてみごとである。小野さんは一字の間投詞を挟む遑まなく、口車に乗って馳けて行く。行く先は固より判然せぬ。藤尾は黙って最前小野さんから借りた書物を開いて続を読んでいる。
「花を墓に、墓に口を接吻して、憂きわれを、ひたふるに嘆きたる女王は、浴湯をこそと召す。浴みしたる後は夕餉をこそと召す。この時賤しき厠卒ありて小さき籃に無花果を盛りて参らす。女王の該撒に送れる文に云う。願わくは安図尼と同じ墓にわれを埋めたまえと。無花果の繁れる青き葉陰にはナイルの泥のの舌を冷やしたる毒蛇を、そっと忍ばせたり。該撒の使は走る。闥を排して眼を射れば――黄金の寝台に、位高き装を今日と凝らして、女王の屍は是非なく横わる。アイリスと呼ぶは女王の足のあたりにこの世を捨てぬ。チャーミオンと名づけたるは、女王の頭のあたりに、月黒き夜の露をあつめて、千顆の珠を鋳たる冠の、今落ちんとするを力なく支う。闥を排したる該撒の使はこはいかにと云う。埃及の御代しろし召す人の最後ぞ、かくありてこそと、チャーミオンは言い終って、倒れながらに目を瞑る」
埃及の御代しろし召す人の最後ぞ、かくありてこそと云う最後の一句は、焚き罩むる錬香の尽きなんとして幽かなる尾を虚冥に曳くごとく、全き頁が淡く霞んで見える。
「藤尾」と知らぬ御母さんは呼ぶ。
男はやっと寛容だ姿で、呼ばれた方へ視線を向ける。呼ばれた当人は俯向ている。
「藤尾」と御母さんは呼び直す。
女の眼はようやくに頁を離れた。波を打つ廂髪の、白い額に接く下から、骨張らぬ細い鼻を承けて、紅を寸に織る唇が――唇をそと滑って、頬の末としっくり落ち合うが――を棄ててなよやかに退いて行く咽喉が――しだいと現実世界に競り出して来る。