「ここです」と藤尾は、軽く諸膝を斜めに立てて、青畳の上に、八反の座布団をさらりと滑べらせる。富貴の色は蜷局を三重に巻いた鎖の中に、堆く七子の蓋を盛り上げている。
右手を伸べて、輝くものを戛然と鳴らすよと思う間に、掌より滑る鎖が、やおら畳に落ちんとして、一尺の長さに喰い留められると、余る力を横に抜いて、端につけた柘榴石の飾りと共に、長いものがふらりふらりと二三度揺れる。第一の波は紅の珠に女の白き腕を打つ。第二の波は観世に動いて、軽く袖口にあたる。第三の波のまさに静まらんとするとき、女は衝と立ち上がった。
奇麗な色が、二色、三色入り乱れて、疾く動く景色を、茫然と眺めていた小野さんの前へぴたりと坐った藤尾は
「御母さん」と後を顧みながら、
「こうすると引き立ちますよ」と云って故の席に返る。小野さんの胴衣の胸には松葉形に組んだ金の鎖が、釦の穴を左右に抜けて、黒ずんだメルトン地を背景に燦爛と耀やいている。
「どうです」と藤尾が云う。
「なるほど善く似合いますね」と御母さんが云う。
「全体どうしたんです」と小野さんは煙に巻かれながら聞く。御母さんはホホホと笑う。
「上げましょうか」と藤尾は流し目に聞いた。小野さんは黙っている。
「じゃ、まあ、止しましょう」と藤尾は再び立って小野さんの胸から金時計を外してしまった。