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虞美人草 四 (2)

时间: 2021-03-29    进入日语论坛
核心提示: 世界は色の世界である。ただこの色を味(あじわ)えば世界を味わったものである。世界の色は自己の成功につれて鮮(あざ)やかに眼
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 世界は色の世界である。ただこの色を(あじわ)えば世界を味わったものである。世界の色は自己の成功につれて(あざ)やかに眼に(うつ)る。鮮やかなる事錦を(あざむ)くに至って生きて甲斐(かい)ある命は(とう)とい。小野さんの手巾(ハンケチ)には時々ヘリオトロープの(におい)がする。
 世界は色の世界である、形は色の残骸(なきがら)である。残骸を(あげつら)って中味の(うま)きを解せぬものは、方円の(うつわ)(かか)わって、盛り上る酒の(あわ)をどう片づけてしかるべきかを知らぬ男である。いかに見極(みきわ)ても皿は食われぬ。(くちびる)を着けぬ酒は気が抜ける。形式の人は、底のない道義の(さかずき)(いだ)いて、路頭に跼蹐(きょくせき)している。
 世界は色の世界である。いたずらに空華(くうげ)と云い鏡花(きょうか)と云う。真如(しんにょ)の実相とは、世に()れられぬ畸形(きけい)の徒が、容れられぬ(うらみ)を、黒※郷裏(こくてんきょうり)[#「甘+舌」、72-14]に晴らすための妄想(もうぞう)である。盲人は(かなえ)()でる。色が見えねばこそ形が(きわ)めたくなる。手のない盲人は撫でる事をすらあえてせぬ。ものの本体を耳目のほかに求めんとするは、手のない盲人の所作(しょさ)である。小野さんの机の上には花が()けてある。窓の外には柳が緑を吹く。鼻の先には金縁の眼鏡(めがね)が掛かっている。
 絢爛(けんらん)の域を()えて平淡に()るは自然の順序である。我らは(むか)し赤ん坊と呼ばれて赤いべべを着せられた。大抵(たいてい)のものは絵画(にしきえ)のなかに生い立って、条派(しじょうは)の淡彩から、雲谷(うんこく)流の墨画(すみえ)に老いて、ついに棺桶(かんおけ)のはかなきに親しむ。(かえり)みると母がある、姉がある、菓子がある、(こい)(のぼり)がある。顧みれば顧みるほど華麗(はなやか)である。小野さんは(おもむき)が違う。自然の径路(けいろ)(さか)しまにして、暗い土から、根を振り切って、日の(とお)る波の、明るい(なぎさ)(ただよ)うて来た。――(あな)の底で生れて一段ごとに美しい浮世へ近寄るためには二十七年かかった。二十七年の歴史を過去の節穴(ふしあな)から(のぞ)いて見ると、遠くなればなるほど暗い。ただその途中に一点の(くれない)がほのかに(うご)いている。東京へ()たてにはこの紅が恋しくて、寒い記憶を繰り返すのも(いと)わず、たびたび過去の節穴を覗いては、長き()、永き日を、あるは時雨(しぐ)るるをゆかしく暮らした。今は――紅もだいぶ遠退(とおの)いた。その上、色もよほど()めた。小野さんは節穴を覗く事を(おこ)たるようになった。

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