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虞美人草 十二 (2)

时间: 2021-04-17    进入日语论坛
核心提示: 天地はこの有望の青年に対して悠久(ゆうきゅう)であった。春は九十日の東風(とうふう)を限りなく得意の額(ひたい)に吹くように
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 天地はこの有望の青年に対して悠久(ゆうきゅう)であった。春は九十日の東風(とうふう)を限りなく得意の(ひたい)に吹くように思われた。小野さんは(やさ)しい、物に(さから)わぬ、気の長い男であった。――ところへ過去が押し寄せて来た。二十七年の長い夢と(そびら)を向けて、西の国へさらりと流したはずの昔から、一滴の墨汁(ぼくじゅう)にも(くら)ぶべきほどの暗い(ちさ)い点が、明かなる都まで押し寄せて来た。押されるものは出る気がなくても前へのめりたがる。おとなしく時機を待つ覚悟を気長にきめた詩人も未来を急がねばならぬ。黒い点は頭の上にぴたりと(とどま)っている。仰ぐとぐるぐる旋転(せんてん)しそうに見える。ぱっと散れば白雨(ゆうだち)が一度にくる。小野さんは首を縮めて()け出したくなる。
 四五日は孤堂(こどう)先生の世話やら用事やらで甲野(こうの)の方へ足を向ける事も出来なかった。昨夜(ゆうべ)は出来ぬ工夫を無理にして、旧師への義理立てに、先生と小夜子(さよこ)を博覧会へ案内した。恩は昔受けても今受けても恩である。恩を忘れるような不人情な詩人ではない。一飯漂母(いっぱんひょうぼ)を徳とすと云う故事を孤堂先生から教わった事さえある。先生のためならばこれから先どこまでも力になるつもりでいる。人の難儀を救うのは美くしい詩人の義務である。この義務を果して、(こま)やかな人情を、得意の現在に、わが歴史の一部として、思出の詩料に残すのは温厚なる小野さんにもっとも恰好(かっこう)な優しい振舞である。ただ何事も金がなくては出来ぬ。金は藤尾と結婚せねば出来ぬ。結婚が一日早く成立すれば、一日早く孤堂先生の世話が思うように出来る。――小野さんは机の前でこう云う論理を発明した。
 小夜子を捨てるためではない、孤堂先生の世話が出来るために、早く藤尾と結婚してしまわなければならぬ。――小野さんは自分の(かんがえ)に間違はないはずだと思う。人が聞けば立派に弁解が立つと思う。小野さんは頭脳の明暸(めいりょう)な男である。
 ここまで考えた小野さんはやがて机の上に置いてある、茶の表紙に豊かな金文字を入れた厚い書物を()けた。中からヌーボー式に青い柳を染めて赤瓦の屋根が少し見える(しおり)があらわれる。小野さんは左の手に栞を(すべ)らして、細かい活字を金縁の眼鏡(めがね)の奥から読み始める。五分(ごふん)ばかりは無事であったが、しばらくすると、いつの()にやら、黒い眼は(ページ)を離れて、筋違(すじかい)日脚(ひあし)の伸びた障子(しょうじ)(さん)を見詰めている。――四五日藤尾に()わぬ、きっと何とか思っているに違ない。ただの時なら四五日が十日(とおか)でもさして心配にはならぬ。過去に追いつかれた今の身には(くしけず)る間も千金である。逢えば逢うたびに願の(まと)は近くなる。逢わねば元の君と我にたぐり寄すべき恋の綱の寸分だも縮まる(えにし)はない。のみならず、魔は節穴(ふしあな)(すき)にも射す。逢わぬ半日に日が落ちぬとも限らぬ、(こも)一夜(ひとよ)に月は()る。等閑(なおざり)のこの四五日に藤尾の(まゆ)にいかな稲妻(いなずま)が差しているかは夢(はか)りがたい。論文を書くための勉強は無論大切である。しかし藤尾は論文よりも大切である。小野さんはぱたりと書物を伏せた。

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