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虞美人草 十二 (10)

时间: 2021-04-17    进入日语论坛
核心提示: 静かな椽(えん)に足音がする。背の高い影がのっと現われた。絣(かすり)の袷(あわせ)の前が開いて、肌につけた鼠色(ねずみいろ)
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 静かな(えん)に足音がする。背の高い影がのっと現われた。(かすり)(あわせ)の前が開いて、肌につけた鼠色(ねずみいろ)の毛織の襯衣(シャツ)が、長い三角を逆様(さかさま)にして胸に(うつ)る上に、長い(くび)がある、長い顔がある。顔の色は(あお)い。髪は(うず)()いて、二三ヵ月は刈らぬと見える。四五日は(くし)を入れないとも思われる。美くしいのは濃い(まゆ)口髭(くちひげ)である。髭の(たち)(きわ)めて黒く、極めて細い。手を入れぬままに自然の趣を(そな)えて何となく人柄に見える。腰は(よご)れた白縮緬(しろちりめん)二重(ふたえ)(まわ)して、長過ぎる(はじ)を、だらりと、猫じゃらしに、右の(たもと)の下で結んでいる。(すそ)(もと)より合わない。引き掛けた法衣(ころも)のようにふわついた下から黒足袋(くろたび)が見える。足袋だけは新らしい。()げば(こん)の匂がしそうである。古い頭に新らしい足の欽吾(きんご)は、世を逆様に歩いて、ふらりと椽側(えんがわ)へ出た。
 拭き込んだ細かい柾目(まさめ)の板が、雲斎底(うんさいぞこ)の影を写すほどに、軽く足音を受けた時に、藤尾の背中に背負(せお)った黒い髪はさらりと動いた。途端に椽に落ちた紺足袋が女の眼に這入(はい)る。足袋の主は見なくても知れている。
 紺足袋は静かに歩いて来た。
「藤尾」
 声は(うしろ)でする。雨戸の(みぞ)をすっくと仕切った(つが)の柱を背に、欽吾は留ったらしい。藤尾は黙っている。
「また夢か」と欽吾は立ったまま、癖のない洗髪(あらいがみ)見下(みおろ)した。
「何です」と云いなり女は、顔を向け直した。赤棟蛇(やまかがし)の首を(もた)げた時のようである。黒い髪に陽炎(かげろう)を砕く。
 男は、眼さえ動かさない。(あお)い顔で見下(みおろ)している。向き直った女の額をじっと見下している。
昨夕(ゆうべ)は面白かったかい」
 女は答える前に熱い団子をぐいと()(くだ)した。
「ええ」と極めて冷淡な挨拶(あいさつ)をする。
「それは好かった」と落ちつき払って云う。

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