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虞美人草 十二 (13)

时间: 2021-04-17    进入日语论坛
核心提示: 小野さんはああの後から何か出て来るだろうと思って、控えている。時鳥(ほととぎす)は一声で雲に入ったらしい。「一人で行った
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 小野さんはああの後から何か出て来るだろうと思って、控えている。時鳥(ほととぎす)は一声で雲に入ったらしい。
「一人で行ったのかい」と今度はこちらから聞いて見る。
「いいや。誘われたから行った」
 甲野さんにははたして(つれ)があった。小野さんはもう少し進んで見なければ済まないようになる。
「そうかい、奇麗だったろう」とまず(つな)ぎに出して置いて、そのうちに次の問を考える事にする。ところが甲野さんは簡単に
「うん」の一句で答をしてしまう。こっちは考のまとまらないうち、すぐ何とか付けなければならぬ。始めは「誰と?」と聞こうとしたが、聞かぬ前にいや「何時(なんじ)頃?」の方が便宜(べんぎ)ではあるまいかと思う。いっそ「僕も行った」と打って出ようか知ら、そうしたら先方の答次第で万事が明暸(めいりょう)になる。しかしそれもいらぬ事だ。――小野さんは胸の上、咽喉(のど)の奥でしばらく押問答をする。その間に甲野さんは細い杖の先を一尺ばかり動かした。杖のあとに動くものは足である。この相図をちらりと見て取った小野さんはもう駄目だ、よそうと咽喉の奥でせっかくの計画をほごしてしまう。爪の(あか)ほど(せん)を制せられても、取り返しをつけようと意思を働かせない人は、教育の力では(ひるが)えす事の出来ぬ宿命論者である。
「まあ行きたまえ」とまた甲野さんが云う。催促されるような気持がする。運命が左へと指図(さしず)をしたらしく感じた時、(うしろ)から押すものがあれば、すぐ前へ出る。
「じゃあ……」と小野さんは帽子をとる。
「そうか、じゃあ失敬」と細い杖は空間を二尺ばかり小野さんから遠退(とおの)いた。一歩門へ近寄った小野さんの靴は同時に一歩杖に()かれて(もと)へ帰る。運命は無限の空間に甲野さんの杖と小野さんの足を置いて、一尺の間隔を争わしている。この杖とこの靴は人格である。我らの魂は時あって靴の(かかと)に宿り、時あって杖の先に潜む。魂を(えが)く事を知らぬ小説家は杖と靴とを描く。
 一歩の空間を行き尽した靴は、光る(こうべ)(めぐ)らして、棄身(すてみ)に細い体を大地に托した杖に問いかけた。
「藤尾さんも、昨夕いっしょに行ったのかい」
 棒のごとく真直(まっすぐ)に立ち上がった杖は答える。
「ああ、藤尾も行った。――ことに()ると今日は下読が出来ていないかも知れない」
 細い杖は地に着くがごとく、また地を離るるがごとく、立つと思えば傾むき、傾むくと思えば立ち、無限の空間を刻んで行く。光る靴は突き込んだ頭に薄い泥を心持わるく(かぶ)ったまま、遠慮勝に門内の砂利を踏んで玄関に()かる。

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