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虞美人草 十二 (14)

时间: 2021-04-17    进入日语论坛
核心提示: 小野さんが玄関に掛かると同時に、藤尾は椽の柱に倚(よ)りながら、席に返らぬ爪先(つまさき)を、雨戸引く溝の上に翳(かざ)して
(单词翻译:双击或拖选)

 小野さんが玄関に掛かると同時に、藤尾は椽の柱に()りながら、席に返らぬ爪先(つまさき)を、雨戸引く溝の上に(かざ)して、手広く囲い込んだ庭の面を(なが)めている。藤尾が椽の柱に倚りかかるよほど前から、(なぞ)の女は立て切った一間(ひとま)のうちで、鳴る鉄瓶(てつびん)を相手に、行く春の行き尽さぬ()を、根限(こんかぎ)り考えている。
 欽吾はわが腹を痛めぬ子である。――謎の女の(かんがえ)は、すべてこの一句から出立する。この一句を布衍(ふえん)すると謎の女の人生観になる。人生観を増補すると宇宙観が出来る。謎の女は毎日鉄瓶の()を聞いては、六畳敷の人生観を作り宇宙観を作っている。人生観を作り宇宙観を作るものは(ひま)のある人に限る。謎の女は絹布団の上でその日その日を送る果報な身分である。
 居住(いずまい)は心を正す。端然(たんねん)と恋に(こが)れたもう(ひいな)は、虫が喰うて鼻が欠けても上品である。謎の女はしとやかに坐る。六畳敷の人生観もまたしとやかでなくてはならぬ。
 老いて(おっと)なきは心細い。かかるべき子なきはなおさら心細い。かかる子が他人なるは心細い上に(いま)わしい。かかるべき子を持ちながら、他人にかからねばならぬ(おきて)は忌わしいのみか(なさ)けない。謎の女は(みずから)を情ない不幸の人と信じている。
 他人でも合わぬとは限らぬ。醤油(しょうゆ)味淋(みりん)は昔から交っている。しかし酒と煙草をいっしょに()めば咳が出る。親の(うつわ)の方円に応じて、盛らるる水の調子を合わせる欽吾ではない。日を()れば日を重ねて(へだた)りの関が出来る。この頃は江戸の(かたき)に長崎で(めぐ)()ったような心持がする。学問は立身出世の道具である。親の機嫌に(さから)って、師走(しわす)正月の拍子(ひょうし)をはずすための修業ではあるまい。金を掛けてわざわざ変人になって、学校を出ると世間に通用しなくなるのは不名誉である。外聞がわるい。嗣子(しし)としては不都合と思う。こんなものに死水(しにみず)を取って貰う気もないし、また取るほどの働のあるはずがない。
 (さいわい)と藤尾がいる。冬を(しの)女竹(めだけ)の、吹き寄せて()を積る粉雪(こゆき)をぴんと()ねる力もある。十目(じゅうもく)を街頭に集むる春の姿に、(ちょう)を縫い花を浮かした派出(はで)衣裳(いしょう)も着せてある。わが子として押し出す世間は広い。晴れた天下を、晴れやかに練り行くを、迷うは人の随意である。三国一の婿(むこ)と名乗る誰彼を、迷わしてこそ、()らしてこそ、育て上げた母の面目は(あが)る。海鼠(なまこ)の氷ったような他人にかかるよりは、(うらやま)しがられて華麗(はなやか)に暮れては明ける実の娘の月日に添うて墓に入るのが順路である。

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