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虞美人草 十二 (19)

时间: 2021-04-17    进入日语论坛
核心提示:「さっき欽吾が来やしないか」と云う。「来たわ」「どうだい様子は」「やっぱり相変らずですわ」「あれにも、本当に」で薄く八の
(单词翻译:双击或拖选)

「さっき欽吾が来やしないか」と云う。
「来たわ」
「どうだい様子は」
「やっぱり相変らずですわ」
「あれにも、本当に……」で薄く八の字を寄せたが、
「困り者だね」と切った時、八の字は見る見る深くなった。
「何でも奥歯に物の(はさま)ったような皮肉ばかり云うんですよ」
「皮肉なら好いけれども、時々気の知れない囈語(ねごと)を云うにゃ困るじゃないか。何でもこの頃は様子が少し変だよ」
「あれが哲学なんでしょう」
「哲学だか何だか知らないけれども。――さっき何か云ったかい」
「ええまた時計の事を……」
「返せって云うのかい。(はじめ)にやろうがやるまいが余計な御世話じゃないか」
「今どっかへ出掛けたでしょう」
「どこへ行ったんだろう」
「きっと宗近へ行ったんですよ」
 対話がここまで進んだ時、小野さんがいらっしゃいましたと下女が両手をつかえる。母は自分の部屋へ引き取った。
 椽側(えんがわ)を曲って母の影が障子(しょうじ)のうちに消えたとき、小野さんは内玄関(ないげんかん)の方から、茶の間の横を通って、次の六畳を、廊下へ廻らず抜けて来る。
 (けい)を打って入室相見(にゅうしつしょうけん)の時、足音を聞いただけで、公案の工夫(くふう)が出来たか、出来ないか、手に取るようにわかるものじゃと云った和尚(おしょう)がある。気の引けるときは歩き方にも現われる。(けもの)にさえ屠所(としょ)のあゆみと云う(ことわざ)がある。参禅(さんぜん)衲子(のうし)に限った現象とは認められぬ。応用は才人小野さんの上にも()く。小野さんは常から世の中に気兼をし過ぎる。今日は一入(ひとしお)変である。落人(おちゅうど)(そよ)(すすき)に安からず、小野さんは軽く踏む青畳に、そと落す靴足袋(くつたび)の黒き爪先(つまさき)(はばか)り気を置いて這入(はい)って来た。
 一睛(いっせい)暗所(あんしょ)に点ぜず、藤尾は眼を上げなかった。ただ畳に落す靴足袋の先をちらりと見ただけでははあと悟った。小野さんは座に着かぬ先から、もう()められている。
今日(こんにち)……」と座りながら笑いかける。
「いらっしゃい」と真面目な顔をして、始めて相手をまともに見る。見られた小野さんの(ひとみ)はぐらついた。

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