「ホホホホまだ分らないんですか」と今度はまた庭まで響くほどに疳高く笑う。女は自由自在に笑う事が出来る。男は茫然としている。
「小野さん、昼間もイルミネーションがありますか」と云って、両手をおとなしく膝の上に重ねた。燦たる金剛石がぎらりと痛く、小野さんの眼に飛び込んで来る。小野さんは竹箆でぴしゃりと頬辺を叩かれた。同時に頭の底で見られたと云う音がする。
「あんまり、勉強なさるとかえって金時計が取れませんよ」と女は澄した顔で畳み掛ける。男の陣立は総崩となる。
「実は一週間前に京都から故の先生が出て来たものですから……」
「おや、そう、ちっとも知らなかったわ。それじゃ御忙い訳ね。そうですか。そうとも知らずに、飛んだ失礼を申しまして」と嘯きながら頭を低れた。緑の髪がまた動く。
「京都におった時、大変世話になったものですから……」
「だから、いいじゃありませんか、大事にして上げたら。――私はね。昨夕兄と一さんと糸子さんといっしょに、イルミネーションを見に行ったんですよ」
「ああ、そうですか」
「ええ、そうして、あの池の辺に亀屋の出店があるでしょう。――ねえ知っていらっしゃるでしょう、小野さん」
「ええ――知って――います」
「知っていらっしゃる。――いらっしゃるでしょう。あすこで皆して御茶を飲んだんです」
男は席を立ちたくなった。女はわざと落ちついた風を、飽くまでも粧う。
「大変旨い御茶でした事。あなた、まだ御這入になった事はないの」
小野さんは黙っている。
「まだ御這入にならないなら、今度是非その京都の先生を御案内なさい。私もまた一さんに連れて行って貰うつもりですから」
藤尾は一さんと云う名前を妙に響かした。
春の影は傾く。永き日は、永くとも二人の専有ではない。床に飾ったマジョリカの置時計が絶えざる対話をこの一句にちんと切った。三十分ほどしてから小野さんは門外へ出る。その夜の夢に藤尾は、驚くうちは楽がある! 女は仕合なものだ! と云う嘲の鈴を聴かなかった。