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虞美人草 十三 (2)

时间: 2021-04-17    进入日语论坛
核心提示: 同時に杖の音(ね)はとまる。甲野さんは帽の廂(ひさし)の下から女の顔を久しぶりのように見た。女は急に眼をはずして、細い杖の
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 同時に杖の()はとまる。甲野さんは帽の(ひさし)の下から女の顔を久しぶりのように見た。女は急に眼をはずして、細い杖の先を眺める。杖の先から熱いものが(のぼ)って、顔がぽうとほてる。油を抜いて、なすがままにふくらました髪を、落すがごとく前に、糸子は腰を折った。
御出(おいで)?」と甲野さんは言葉の尻を上げて簡単に聞く。
「今ちょっと」と答えたのみで、苦のない二重瞼(ふたえまぶた)愛嬌(あいきょう)の波が寄った。
「御留守ですか。――阿爺(おとっ)さんは」
「父は(うたい)の会で朝から出ました」
「そう」と男は長い体躯(からだ)を、半分回して、横顔を糸子の方へ向けた。
「まあ、御這入(おはいり)――兄はもう帰りましょう」
「ありがとう」と甲野さんは壁に物を云う。
「どうぞ」と誘い込むように片足を(あと)へ引いた。着物はあらい(しま)銘仙(めいせん)である。
「ありがとう」
「どうぞ」
「どこへ行ったんです」と甲野さんは壁に向けた顔を、少し女の方へ振り直す。(うしろ)から(かす)めて来る日影に、(あお)い頬が、気のせいか、昨日(きのう)より少し()けたようだ。
「散歩でしょう」と女は首を傾けて云う。
(わたし)も今散歩した帰りだ。だいぶ歩いて疲れてしまって……」
「じゃ、少し上がって休んでいらっしゃい。もう帰る時分ですから」
 話は少しずつ延びる。話の延びるのは気の延びた証拠である。甲野さんは粗柾(あらまさ)俎下駄(まないたげた)を脱いで座敷へ上がる。
 長押作(なげしづく)りに重い釘隠(くぎかくし)を打って、動かぬ春の(とこ)には、常信(つねのぶ)雲竜(うんりゅう)の図を奥深く掛けてある。薄黒く墨を流した絹の色を、(かく)に取り巻く紋緞子(もんどんす)(あい)に、()びたる時代は、象牙(ぞうげ)の軸さえも落ちついている。唐獅子(からじし)青磁(せいじ)()る、口ばかりなる香炉(こうろ)を、どっかと()えた尺余の卓は、木理(はだ)光沢(つや)ある(あぶら)を吹いて、茶を紫に、紫を黒に渡る、胡麻(ごま)(こま)やかな紫檀(したん)である。

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