「散歩ですか」と小野さんは鄭寧に聞いた。
「うん。今、その角で電車を下りたばかりだ。だから、どっちへ行ってもいい」
この答は少々論理に叶わないと、小野さんは思った。しかし論理はどうでも構わない。
「僕は少し急ぐから……」
「僕も急いで差支ない。少し君の歩く方角へ急いでいっしょに行こう。――その紙屑籠を出せ。持ってやるから」
「なにいいです。見っともない」
「まあ、出しなさい。なるほど嵩張る割に軽いもんだね。見っともないと云うのは小野さんの事だ」と宗近君は屑籠を揺りながら歩き出す。
「そう云う風に提げるとさも軽そうだ」
「物は提げ様一つさ。ハハハハ。こりゃ勧工場で買ったのかい。だいぶ精巧なものだね。紙屑を入れるのはもったいない」
「だから、まあ往来を持って歩けるんだ。本当の紙屑が這入っていちゃ……」
「なに持って歩けるよ。電車は人屑をいっぱい詰めて威張って往来を歩いてるじゃないか」
「ハハハハすると君は屑籠の運転手と云う事になる」
「君が屑籠の社長で、頼んだ男は株主か。滅多な屑は入れられない」
「歌反古とか、五車反古と云うようなものを入れちゃ、どうです」
「そんなものは要らない。紙幣の反古をたくさん入れて貰いたい」
「ただの反古を入れて置いて、催眠術を掛けて貰う方が早そうだ」
「まず人間の方で先に反古になる訳だな。乞う隗より始めよか。人間の反古なら催眠術を掛けなくてもたくさんいる。なぜこう隗より始めたがるのかな」
「なかなか隗より始めたがらないですよ。人間の反故が自分で屑籠の中へ這入ってくれると都合がいいんだけれども」
「自働屑籠を発明したら好かろう。そうしたら人間の反故がみんな自分で飛び込むだろう」
「一つ専売でも取るか」
「アハハハハ好かろう。知ったもののうちで飛び込ましたい人間でもあるかね」
「あるかも知れません」と小野さんは切り抜けた。
「時に君は昨夕妙な伴とイルミネーションを見に行ったね」
見物に行った事はさっき露見してしまった。今更隠す必要はない。