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虞美人草 十四 (10)

时间: 2021-04-20    进入日语论坛
核心提示: それが何となく苦しい。これから先生の所へ行けばきっと二重の嘘を吐かねばならぬような話を持ちかけられるに違ない。切り抜け
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 それが何となく苦しい。これから先生の所へ行けばきっと二重の嘘を吐かねばならぬような話を持ちかけられるに違ない。切り抜ける手はいくらもあるが、手詰(えづめ)に出られると()ねつける勇気はない。もう少し冷刻に生れていれば何の雑作(ぞうさ)もない。法律上の問題になるような不都合はしておらんつもりだから、判然(はっきり)断わってしまえばそれまでである。しかしそれでは恩人に済まぬ。恩人から(せま)られぬうちに、自分の嘘が発覚せぬうちに、自然が早く廻転して、自分と藤尾が公然結婚するように運ばなければならん。――(あと)は? 後は後から考える。事実は何よりも有効である。結婚と云う事実が成立すれば、万事はこの新事実を土台にして考え直さなければならん。この新事実を一般から認められれば、あとはどんな不都合な犠牲でもする。どんなにつらい考え直し方でもする。
 ただ機一髪と云う間際(まぎわ)で、煩悶(はんもん)する。どうする事も出来ぬ心が()く。進むのが(こわ)い。退(しり)ぞくのが(いや)だ。早く事件が発展すればと念じながら、発展するのが不安心である。したがって気楽な宗近が羨ましい。万事を商量するものは一本調子の人を羨ましがる。
 春は行く。行く春は暮れる。絹のごとき浅黄(あさぎ)の幕はふわりふわりと幾枚も空を離れて地の上に(かぶ)さってくる。払い退()ける風も見えぬ往来は、夕暮のなすがままに静まり返って、蒼然(そうぜん)たる大地の色は刻々に(はびこ)って来る。西の(はて)に用もなく薄焼けていた雲はようやく紫に変った。
 蕎麦屋(そばや)の看板におかめの顔が薄暗く(ふく)れて、(うしろ)から()ける()を今やと赤い頬に待つ向横町(むこうよこちょう)は、二間足らずの狭い往来になる。黄昏(たそがれ)は細長く家と家の間に落ちて、(とざ)さぬ(かど)を戸ごとにくぐる。部屋のなかはなおさら暗いだろう。
 曲って左側の三軒目まで来た。門構と云う名はつけられない。往来をわずかに仕切る格子戸(こうしど)をそろりと明けると、なかは、ほのくらく近づく(よい)を、一段と刻んで下へ降りたような心持がする。
「御免」と云う。
 静かな声は落ついた春の調子を乱さぬほどに(おだやか)である。幅一尺の揚板(あげいた)に、菱形(ひしがた)の黒い穴が、(えん)の下へ抜けているのを(なが)めながら取次をおとなしく待つ。返事はやがてした。うんと云うのか、ああと云うのかはいと云うのか、さらに要領を得ぬ声である。小野さんはやはり菱形の黒い穴を(のぞ)きながら取次を待っている。やがて障子(しょうじ)(むこう)でずしんと誰か()ね起きた様子である。怪しい普請(ふしん)と見えて根太(ねだ)の鳴る音が手に取るように聞える。例の壁紙模様の(ふすま)()く。二畳の玄関へ出て来たなと思う()もなく、薄暗い障子の影に、肉の落ちた孤堂先生の顔が(ひげ)もろともに現われた。

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