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虞美人草 十六 (1)

时间: 2021-05-05    进入日语论坛
核心提示: 叙述の筆は甲野(こうの)の書斎を去って、宗近(むねちか)の家庭に入る。同日である。また同刻である。 相変らずの唐机(とうづ
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 叙述の筆は甲野(こうの)の書斎を去って、宗近(むねちか)の家庭に入る。同日である。また同刻である。
 相変らずの唐机(とうづくえ)を控えて、宗近の(おとっ)さんが鬼更紗(おにざらさ)座蒲団(ざぶとん)の上に坐っている。襯衣(シャツ)を嫌った、黒八丈(くろはちじょう)襦袢(じゅばん)(えり)(くず)れて、素肌に、もじゃ、もじゃと胸毛が見える。忌部焼(いんべやき)布袋(ほてい)の置物にこんなのがよくある。布袋の前に異様の煙草盆(たばこぼん)を置く。呉祥瑞(ごしょんずい)の銘のある染付(そめつけ)には山がある、柳がある、人物がいる。人物と山と同じくらいな大きさに(えが)かれている間を、一筋の金泥(きんでい)蜿蜒(えんえん)(ふち)まで這上(はいあが)る。形は(かめ)のごとく、(はち)が開いて、開いた(いただき)が、がっくりと縮まると、丸い(ふち)になる。向い合せの耳を(くぐ)(つる)には、ぎりぎりと(しぶ)を帯びた()を巻きつけて手提(てさげ)の便を計る。
 宗近の(おとっ)さんは昨日(きのう)どこの古道具屋からか、(つぎ)のあるこの煙草盆を堀り出して来て、今朝から祥瑞だ、祥瑞だと騒いだ結果、灰を入れ、火を入れ、しきりに煙草を吸っている。
 ところへ入口の唐紙(からかみ)をさらりと開けて、宗近君が例のごとく活溌(かっぱつ)這入(はい)って来る。父は煙草盆から眼を離した。見ると(せがれ)は親譲りの背広をだぶだぶに着て、カシミヤの靴足袋(くつたび)だけに、大なる(つう)をきめている。
「どこぞへ行くかね」
「行くんじゃない、今帰ったところです。――ああ暑い。今日はよっぽど暑いですね」
(うち)にいると、そうでもない。御前はむやみに急ぐから暑いんだ。もう少し落ちついて歩いたらどうだ」
「充分落ちついているつもりなんだが、そう見えないかな。弱るな。――やあ、とうとう煙草盆へ火を入れましたね。なるほど」
「どうだ祥瑞は」
「何だか酒甕(さかがめ)のようですね」
「なに煙草盆さ。御前達が何だかだって笑うが、こうやって灰を入れて見るとやっぱり煙草盆らしいだろう」

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