老人は蔓を持って、ぐっと祥瑞を宙に釣るし上げた。
「どうだ」
「ええ。好いですね」
「好いだろう。祥瑞は贋の多いもんで容易には買えない」
「全体いくらなんですか」
「いくらだか当てて御覧」
「見当が着きませんね。滅多な事を云うとまたこの間の松見たように頭ごなしに叱られるからな」
「壱円八十銭だ。安いもんだろう」
「安いですかね」
「全く堀出だ」
「へええ――おや椽側にもまた新らしい植木が出来ましたね」
「さっき万両と植え替えた。それは薩摩の鉢で古いものだ」
「十六世紀頃の葡萄耳人が被った帽子のような恰好ですね。――この薔薇はまた大変赤いもんだな、こりゃあ」
「それは仏見笑と云ってね。やっぱり薔薇の一種だ」
「仏見笑? 妙な名だな」
「華厳経に外面如菩薩、内心如夜叉と云う句がある。知ってるだろう」
「文句だけは知ってます」
「それで仏見笑と云うんだそうだ。花は奇麗だが、大変刺がある。触って御覧」
「なに触らなくっても結構です」
「ハハハハ外面如菩薩、内心如夜叉。女は危ないものだ」と云いながら、老人は雁首の先で祥瑞の中を穿り廻す。
「むずかしい薔薇があるもんだな」と宗近君は感心して仏見笑を眺めている。
「うん」と老人は思い出したように膝を打つ。
「一あの花を見た事があるかい。あの床に挿してある」
老人はいながら、顔の向を後へ変える。捩れた頸に、行き所を失った肉が、三筋ほど括られて肩の方へ競り出して来る。