七夕の願い事
「空から大きな宝石のついた指輪が降ってきますように」
「持ち主の現れない大金を拾いますように」
「人からもらった宝くじが大当たりしますように」
「何じゃこりゃ?!お前はあほか!」
和弥は短冊の願い事を大きな声で読み上げると、呆れた声でそう言った。
玄関には小さな笹竹が立てかけてあり、折り紙で折った船や奴と一緒に、なな子の願い事を書いた短冊が結びつけてあった。
「だって、願ってるんやもん」
口を尖らせてななこが反論する。
「宝石泥棒が高架を逃げる途中でぽろっと落っことした指輪がたまたま下の道におったうちの頭に落ちてくるかもしれへんし、大金を拾った人の話なんかいくらでも聞くやないか。宝くじだって、自分ではあほらしいて買えへんけど、誰かにもらったくじが偶然大当たりするっていう事だって、絶対ないとはいえへんで!」
「なァ、ゆうたん」
早口でまくし立てた後、ななこは腕の中の息子に微笑みかけた。
「お前にはかなわん。」
和弥は、くるくると表情の変わるなな子の顔を見ながら笑いが込み上げてきた。
「あのな、今度、同窓会があるやんか、そん時な、みんな着飾ってくると思うんや。うちかて新しい服着て指輪つけていきたいなぁって......」
確かに和弥の給料は安いし、祐太郎は生まれたばかりだし、宝くじにでも当たらなければ、なな子に指輪など買ってやる余裕はない。
それにしても、空から降ってきますように、はないだろう......
和弥は笑いながら、「わかったわかった」となな子の頭を撫でた。
「ほな行ってくるで」
和弥はまだ笑みの残る顔でそう言うと、遅番の仕事に出かけて行った。
「あんたァ!なんで死んだん?なな子を置いて行かんといて!ゆうたんのことはどうすんねん!?アホ!目開けてえ!」
喉が切れるかと思うほど大きな声で叫んでも、なな子に倍もある大きなか体を揺さぶっても、和弥は目を開けてくれない。
「いやや!いやや!いやや!いややあァァァァァ......」
誰がどんなふうに準備をしたのかも思い出せないが、なな子は喪服を纏って、祭壇の前にいた。
黒いリボンをかけられた和弥がなな子に笑いかけている。
「いやや.......」
その時、暖かな手がなな子の肩をそっと叩いた。
振り向いたなな子は、その手が指し示す方を見て驚いた。
祭壇に向かう喪服の人々の、長い列がどこまでも続き、なな子が見える範囲は全て悲しみの黒に埋まっていた。
隣の人の胸に顔をうずめて、泣きじゃくる女性。
赤くなった目で瞬きもせず、じっと前を見つめる男性。
腰の曲がったおばあさんも、白髪頭のおじいさんも、ぬいぐるみを抱えた小さな子供も、皆心からの悲しみを表しながら、祭壇へと進んでいる。
こんなにも大勢の人が、和弥のために泣いてるんや......
和弥の死を悼む人々の列は、なな子に慈悲の眼差しを向けながら、祭壇に向かって粛々と進んでいく。
どこまでもどこまでも続く長い悲しみの行列......
「和弥......」
なな子が和弥の名を呼ぶと、熱い涙が視界を塞いだ。
「なな子、なな子......」
肩に置かれた暖かな手がなな子の体を揺さぶっている。
「なな子!なな子!」
「そんなに泣いてどうしたんや?」
暖かな手が和弥ものだとわかった時、なな子は辛い夢から覚めた。
「和弥!」
「和弥!好きや!大好きや!うちを置いてどこにもいかんといて!」
なな子は濡れた目と頬のまま、和弥の大きな体に抱きついた。
「どうしたんや?なな子。どこにもいったりせえへんで」
和弥の体のぬくもりをしっかりと確認すると、ようやくなな子は人心地がついた。
「そうや!」
大切なことを思い出してベッドから立ち上がったなな子は、あっけに取られている和弥を残してリビングへと駆けて行った。
引出からマジックと短冊を取り出すと、大きな字で一つだけ願い事を書いた。
<家族三人がずっと元気で暮らせますように!>
玄関に行って、結んであった短冊をすべて取り払い、今書いたばかりの短冊をきつく結びつけた。
なな子は、あの夢のおかげで、今ある家族の笑顔こそが、なな子とっての大きな宝石だと、はっきりと気づいていた。