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なぜぼくはここにいるのか28

时间: 2018-10-26    进入日语论坛
核心提示:  奥様は日本一 ぼくは仕事の仲間からよく、「君は幸せだよ」といわれる。理由は二十年間ずーっと一人の妻できており、離婚歴
(单词翻译:双击或拖选)
  奥様は日本一
 
 ぼくは仕事の仲間からよく、「君は幸せだよ」といわれる。理由は二十年間ずーっと一人の妻できており、離婚歴がないからである。また、たまたまぼくの仕事が評価される時などは、「奥さんが偉いんだよ」ともいわれる。ぼくはぼくの実力で仕事をしていると思っているのに、他人は必ず妻をほめたがるが、そんなにぼくの妻を他人が知っているとは思われないのだがなあ……。
 この間もある人と一緒に京都から岡山まで行くことになったのだが、京都駅で突然妻のサンダルのひもが切れてしまった。すると彼女は即座にはだしになり、人混みの駅の構内を何くわぬ顔をしてすたすたと歩き、当然車内でもはだしで歩き回っている。こうした妻の行為を見て連れの人が、「奥さんは大したものや、ほんまに奥さんは日本一でっせ」とここでも大評価される。
 はだしで人混みの中を歩いたぐらいでこんなに評価されると、夫としてのぼくは何をやっても「奥さんが偉い」ということになって困ってしまう。また妻は、よその家に行っても自分に無関係なUFOなどの話題になると、相手がどんなに偉い人であろうが、その場で眠ってしまうのだ。するとまたこんなことで妻が大評価されてしまうのである。
 これがもしぼくが妻に代って外をはだしで歩いたり、よその家で話をしながら眠ってしまったら、妻のように決してほめてもらえるどころか、逆に悪評卑語が飛ぶに決っている。そんな点、妻はぼくの立場などかまわず、どこへ行ってもやりたいことは体裁かまわずやってしまう。
 家にいても自分の服を着ないで、ぼくが昨夜脱いだままにしていた服を自分がそっくりそのまま着てしまったり、デパートの食品売場では次から次へと試食はする、物を買っては絶対正札通り買わず必ず値切り、それがまた驚くほどの高い成功率をあげる。だからぼくは、いつもこんな妻をつかまえて、いちいち社会教育をするのだが、いくらいっても直らない。
 とにかくことごとくぼくの考えと異なっている。だからコミュニケーションが困難な時があるが、作品のアイデアなどでは、時たまギョッとするような発想を出すことがある。まあ年に一、二回だが……。まあ大体において体もそうだが、考えもダイナミックである。しかし、物事を達観しているかといえば決してそうでもなく、意外と神経質で、子供にはいろいろと口うるさい。ぼくはこの点は逆で子供には放任主義である。
 妻と意見が対立することといえば、大抵子供のことである。妻もぼくも子供の勉強についてはほとんど口出しはしないが、妻よりぼくの方が子供に何かと甘いので、ぼくは彼女からよくしかられる。そんな時はまるで母親のようにぼくを子供扱いしてしかる。しかし妻が一つ年上というだけでまあなんとか許せるが、これが反対にぼくが年上だったらそんな具合にはいかないだろう。
 子供は親の姿の影である。だからよほど考えて子供をしからなければ、結局は親はわが身をしかっていることになり、子供の目はこの矛盾を一目で見抜いてしまう。こんなことはわが家でも日常茶飯事で、いつも子供から、「ぼくたちに文句ばかりいうけどパパやママはどうなの?」と反論されている。
 子供の欲望はわれわれ大人のように経済的な利益とつながっていず、むしろ精神的なものへの充足を目的にしているために、話のわかる(?)父親であるぼくとしては、つい子供の欲求に応じようとし、妻にしかられることたびたびである。
 たとえいかなる高い精神的な欲望であっても、この社会は必ず金銭と結びつき、子供の精神的な欲求でさえ金銭で換算されてしまう。このような時、親としては子供にいい聞せるすべがないため非常に困ってしまう。
 子供の側から見れば、実際親というものは矛盾の対象だろう。ぼくは本やレコードをたくさん買ったり、旅行を多くするが、子供が犬を欲しがったり、レコードを欲しがったりする時は、急にわれわれは厳しく彼らの欲求を拒否したがる。このような時、ぼくは非常に悩むのだが、妻は意外とあっさり、「いけません!」と一言|喝《かつ》を入れてしまうので大したものだ。
 彼女のいいところといえば、全く自分のための買物をしないことだ。結婚して二十年にもなるが、自分で自分のためのものを買うのは化粧品ぐらいで、洋服にいたっては過去にセーターを一着買ったぐらいで、ぼくが買ってこなければ何一つ買わないのである。これも困ったものだが、ほっておけば、何を着られるかわからないので、ぼくが外国に行った時に買ってくることにしているのである。
 ところが、これらの品をもったいないといって、都心に外出する時だけ着用し、家の中ではぼくの着古したものばかり着て、いつも子供から、「きたならしい!」といってしかられている。物を大事にするのはいいが、子供の目からは決して美しく見えないのである。ぼくがいくらきたない格好をしていても、子供に批判されないのはどうしてだろう?
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