三
「ちっ、好かない書生ッぽだネ」
お蔦《つた》は、よろめいた手を、柳の樹《き》にささえていた。
肩をぶつけて、行《ゆ》き交《ちが》った小倉の袴《はかま》一群を、張りのあるきつい眼で、睨《ね》めつけた。
出した手紙の返辞もないし、あれきり、顔も見せない庄次郎を、どうしたかと思っているところへ、しがらきから、使いが来て、
(まことに相済まないが、一両ほど、ご用立てねがいたい)
と、いう走り書。
それだけなら、
(もう、情人《いいひと》ぶって)
と、お蔦の気質は、つむじを曲げたかも知れないが、脇差《わきざし》の笄《こうがい》が一本、手紙の中にくるんであった。後藤彫《ごとうぼり》の象嵌《ぞうがん》だけでも、安くない品だった。
(この人、ほんとうに、可愛らしいところがあるよ……)
お蔦は、金がなかった。妹のお里にも云いたくないし、お喜代に云えば、なおさら、
(また、姉さんの、浮気)
と、叱られそうな気がして、自分の夏帯だの、髪のものを、そっと、持ちだして、よそから工面して来たのである。その金と、男に返す笄とを、帯の間にはさんで、何かしら、無性な楽しさで、駈けてきたところを、しがらきの角で、どんと、胸をぶつけられたのであった。
乳の上が、痛い気がした。しかし、そんなことは、しがらきへ、下駄をぬぐと一緒に忘れて、
「どこですか、お客様」
小女に、訊《き》くと、
「あそこで、お寝《よ》っておしまいなさいましたよ」
窓の下を、指さした。
「まあ……」
お蔦は、眼をみはった。
脚《あし》を切られた蛸《たこ》みたいに真っ赤なものが、そこに転《ころ》がっているのである。