一
毛脛《けずね》が大の字を書いている。胸は、はだけているし、涎《よだれ》は畳にベットリだ。鼻から提灯《ちようちん》を出していないのがまだしもの寝顔であった。
「……しようがないね、どうしてこんなに酔ったのだろう。土肥さん、土肥さん、ええ、焦《じ》れったい、土肥さんてばッ」
お蔦は、持てあまして、
「ほかのお客に、見ッともないじゃありませんか。庄次郎さんっ」
耳の穴へ、じかに云うと、
「あ、ふ」
水面へ、浮かび上がったように、庄次郎は手を伸ばした。
引っぱり起こして、
「さ、帰りましょう」
「か、か、勘定を」
「払いましたよ、ここのお勘定は」
「そうか」
畏《かしこ》まって、丸い膝へ、両手をつく。首を垂《た》れる。
「ホ、ホ、ホ。何を考えているのですえ?」
「相済まん、この通り」
「およしなさい、帳場だの、お客たちが、笑っているじゃありませんか。とにかく此店《こ こ》を出ましょうよ」
「うむ」
「行きますよ」
「しばらく」
「どうなさいましたえ」
「た、た、立てそうも……ない」
呆《あき》れ顔《がお》に見るもののお蔦は憎くない眼をした。駕辰《かごたつ》から、若い者を一人呼んでもらって、庄次郎を負ぶってもらう。
「こいつあ、土左衛門よりゃ、重いぜ」
駕舁《かごかき》でさえ持ち扱いかね、
「お蔦姐《ねえ》さん」
「あい」
「駕じゃあどうです。駕ん中にどし込んで、縄括《なわから》げにでもしては」
「ついそこだもの、我慢おし」
「どこだ」
「肴店《さかなだな》の毛抜き鮨《ずし》」
「この蛸侍《たこざむらい》を鮨だねに、卸売《お ろ》しゃアちょうどいい」
「馬鹿におしでない」
笑靨《えくぼ》で睨《ね》めつけて、
「——私のいい人をさ」
「オヤ、そんな、おやすくねえ人ですか」
「嘘だよ。だけど、自家《う ち》へは、黙っていておくれ。お里にも、お喜代にも。——いいかえ」
無論、安値《や す》くない駕賃《かごちん》についた。