四
藪《やぶ》の崖《がけ》を、半町も登ると、祖先伝来の屋敷の屋根が、眼の下になる。
「ばかにしてやがる」
父への反感が、むらっと、燃えた。そして、その屋根の下に父のごとく生涯を終わることが、人間として、どうだかを、考えずにいられない。
「立身しても、やっと百石、百石とっても、食えるだけだ。二本差して、威張ったところで、百石侍は、蛆《うじ》ほどいるし、このごろ、世間も侍は流行《は や》らない。——後継《あとつ》ぎは、弟が適任、お照も、里へ帰った方が倖《しあわ》せだ……」
考えつつ、黙然《もくねん》と、藪道を掻き分けてゆくと、コー、コー、コーコーッ、騒がしい軍鶏《しやも》の声と、羽搏《はばた》きが近くに聞こえた。
見ると、窪地《くぼち》の藪を刈って、そこに、筵土俵《むしろどひよう》が出来ている。闘鶏《と り》師《し》だの、胡麻師《ごまし》だの、町人や浪人を混ぜた雑多な客が、車座に、あぐらを組み、流行の「鶏《とり》賭博《し き》」を開帳しているのだった。
陽《ひ》が、頭からカンカン射《さ》している。一勝負ついたのだろう、黒い勝鶏《かちどり》が、羽音を搏《う》って、けたたましく啼いていた。胴親らしい眼ッかちの遊び人が、猛《たけ》る鶏を抱いて、脚の血を、舐《な》めてやっていた。——その間に、がやがやと銭の音、銀の音、稀《たま》に、小判の色が、ちかッと光る。
「鶏主《とりぬし》、誰だ、次は」
眼ッかちが云う。
「橋場」
「おい」
「目黒、どうだ、出てみるか」
取引が初まる。
相対勝負だの、岡乗《おかの》りだの、おのおの、財布に手を突っこむ。行司が、息をはかって、
「それッ——」
鶏主の手から、精悍《せいかん》な茶色と鉄漿《おはぐろ》色《いろ》の軍鶏が、槍のような首を伸ばして、ぱッと離れた。
クウッ、クッ、と全身を総毛立てて金色の眸が竦《すく》み合った。人間どもの眼は、鶏よりも鋭かった。汗も拭かないで、みつめていた。
庄次郎は、どたどたっとそこへ駈け降りて行った。十手を振り上げて、
「御用ッ——」
いきなり、呶鳴った。
「あっ」
逃げる! 転《ころ》ぶ! 総立ちだ、その上に、軍鶏が飛ぶ、その中に、軍鶏が駈ける。
庄次郎は、夢中で、金を掻き集めた。ビタ銭も土も小判も一緒くたに財布に入れ、袂に入れた。そしておかしさに、腹をかかえて笑った。