おじいさんは毎日お稲荷さまにおまいりしていました。
ある日、いつものようにお稲荷さまにパンパンと手を合わせていますと、祠の中から声がします。
「お前はよくおまいりをしてかんしんだ。ほうびにこの頭巾をやる」
そして空からフワフワ、一枚の頭巾が落ちてきておじいさんの頭にかぶさります。
「はて…これをかぶれというのか。わしにはちょっと派手すぎるようじゃが…。まあ、お稲荷さまの言われることじゃから、かぶろう」
そして、山へ芝刈りに向かいます。
すると、どこからか声が聞こえてきます。
「与平んとこの田んぼの米は…今年もいい出来じゃのう」
「ほんに、ちょっと甘みがあるのがええですわ。こう…口の中にパァーと広がっていきますわなあ」
「弥助んとこの粟もなかなかの味わいですよ」
おじいさんはキョロキョロしますが、周りに人なんて居ません。するとまた声が。
「あれちゅん吉さん、人間がきましたよ。じいさんですね。うまくいけばエサをもらえるんだが…」
「ちゅん助さん、そんなじろじろ見て、あさましいですよ。だからスズメなどカスだと舐められてしまうんです」
「そうは言ってもちゅん吉さん、あの人のよさそうな顔をごらんなさい。それに腰の皮袋。あれはオニギリですね」
おじいさんはキョロキョロします。どうやら、木の上にいる二羽のスズメが話しているようです。
「はて、スズメの声が聞こえるなんて、まさかなぁ?」
ためしにお昼のオニギリをちぎって、転がします。パァーとスズメが飛んできて、
「ちゅん吉さん、これは私が目をつけていたエサですよ」
「や、ちゅん助さん一人じめはずるい」
と、やっている間に向こうからまた数羽のスズメが飛んできまして、
「いやあ、おいしそうだ」
「おおこの舌触り。たまらんなあ」「ちょ…お前とりすぎやろ!」
などといいながら握り飯のカケラにスズメたちは群がります。
「うほっ、これは面白い」
と、今度は川のほうからえらい大変そうな声がします。
「気合じゃーっ、死んでもたどり着くんじゃー」
「ワシ…もうだめやー」
「弱音を吐くなちゅうとるんじゃ!みんなでたどりつくて誓たやんけー」
「ほんなんゆうてもワシ…もうヒレがしびれてアカンわ…」
見ると、サケが川登りをしてるのです。
「うーん、生きるということはキビシイのう」
おじいさんはしきりに感心します。どうやら生き物の声が聞こえるのは頭にかぶってる頭巾のせいみたいです。
そのうち、エサがなくなったと見えスズメがビィビィ騒ぎ出します。
「おじいさん、どうせならもっと、気前よく出しませんか?」
「おごる時はバーンといかなきゃ」
「出し惜しみとかセコいと思うんですよ」
とか、色々いってます。
「ほれ今あげるよ、お前たち可愛いようでけっこうロクでもないこと言ってたんだなあ」
おじいさんは追加でオニギリを投げてやります。大喜びでついばむスズメたち。ところがどこの世界でもイヤなヤツはいるもんで、バァーーと飛んできた目つきの悪いヤツが
「こらぁ、お前らオレに無断でメシ食っとんな!どけ!」
と、独り占めしようとします。
「うわぁ、暴れ者のちゅん五郎だ」
「ちゅん五郎とは関わりあいたくないよ」
と、たいていのスズメは逃げていきますが
後ろからコッソリ近づいてちゅん五郎が取りこぼしたエサを拾う勇敢なスズメもいるのでした。
「こらぁ、オレのメシ食うな!」
と、ちゅん五郎は太いくちばしでつっつきます。しかし、こちらのスズメもすばしこい。ヒョイヒョイかわしながら、
「いゃーい、ちゅん五郎のうんこたれ」
「お前はスズメの恥じゃ」
なんやかやとはやし立てるのでした。
「うーん、スズメの世界も色々と複雑じゃのう」
おじいさんはつくづく感心しました。
そのうち後ろからまた声がします。
「おいぽん太、お前最近人間をバカしとるか」
「いやー、ぽん吉兄貴、それがさっぱりなんス」
「なんだだらしがねえなあ。たぬきが人間をバカさんでどうするてえ話だよ。ええ、いっちょ手本を見してやる。大入道に化けてな、あのじじいがいいな。うん。」
その声はおじいさんの後ろから近づいてくるのです。どうやらタヌキが人を化かす相談をしているようです。
でもあっちの話してることは全部聞こえるのです。おじいさんはクスクス笑いながら聞いてました。
「こうやってな、クルッと一回転して大入道に化ける」
「すごいっス!やっぱりぽん吉兄貴の化けっぷりは日本一っス!」
「まあそうおだてるなって。ここからがだいじだ。ただワッと脅かしてもつまらねえ。どうせ仕事するんだイキなとこ見せてえじゃねえか。そこでだ。最初はこうチョンチョンと、後ろから肩を叩く。「何だろう」と思わせる。これがだいじだ。で、じじいが振り向くが大きな入道だ。壁みたいで、何だかわけがわからない。それで何歩か下がって、見上げる、ぐわーーっと大入道が、一つ目で睨みつけてる。この流れ。呼吸ですよ。お前、ワカル?」
「わかるっス!さすがぽん吉兄貴っス!」
おじいさんはニヤニヤ笑いながらタヌキが近づいてくるのを待ちます。やがて背中からチョンチョンと肩をつつかれます。
おじいさんは振り返ります。そしてタヌキの化けた大入道を見上げて、
「やあ、入道さん」
と、にこやかに挨拶します。
「今日も見事な一つ目ですな。今度ごちそうしますから家に遊びにきてください」と言ってからからと笑います。
大入道に化けたタヌキはぽかんとしてました。
こうしておじいさんは動物や草木の声を聞いて、毎日仕事も面白く、 死ぬまで退屈しなかったということです。