川の向こう側には町へ続く道があったで村の人は橋が欲しかったのですが、何度橋を架けても流されてしまいます。はるか下流の浅瀬を遠回りするしかありませんでした。大変な手間でした。
村の人々はなんとか橋をかけようと相談します。そして村一番の腕のたつ大工にお願いすることにしました。
「えっ…あの川に橋をかけるのかい?」
大工は頭をかかえましたが、何度も村人に頼まれるし、ここで断ったら自分の評判が落ちるので
「よし、任せとけ」と威勢よく引き受けました。
大工は川の下見に行きます。
「げえっ、いくらなんでもこれは無理だ」
ゴゴー、ゴゴーとすごい水の流れです。この急な流れにどうやって橋を架けたものか、今さら断るわけにもいかず、大工は水際で頭を抱えました。
小一時間ほど大工がなすすべもなく水を見ていると、ザバーと水面が盛り上がり、人間の10倍もあろうかという鬼が姿をあらわします。鬼は大工に話しかけます。
「不景気なツラして、何をさっきから悩んどるんじゃ」
「実はこの川に橋をかけにゃならんのだが。とてもムリだと途方にくれとったんじゃ」
「ははは、この川に橋をかけるなんて人間にはムリムリ。じゃがワシなら簡単じゃ。一つ取引をせんか。お前の代わりにワシが橋作ったるわ。その代わり、橋ができたらお前の目ん玉両方、引っこ抜くで」
「ええっ、目を!」
大工はビックリしましたが、とにかく橋さえできてしまえば、目のことは適当にごまかそうと思い、
「俺はこの村の暮らしが楽にさえなれば、目玉の一つや二つどうなってもいいんだ。ぜひ橋をかけてくれ」と頼みます。
「ほほー、こら見上げた根性じゃ。村のためなら目玉の一つや二つどうなってもええちゅうんか。ワシそういうヤツ好きやで。ほんなら約束したで」
鬼はザブーと沈んでいきますが、またザバッと顔を出して
「後で「冗談でした」ちゅうても通らんで」と念を押します。
次の朝大工が川へ行ってみると、立派な橋が川の半分までできていました。激しい流れにもビクともしない頑丈な橋です。
「こりゃあ、どうやって作ったんじゃ!」
大工が驚いて橋を見ていると水面がブワッと持ち上がって、鬼が顔を出します。
「どうじゃ立派な橋じゃろう。村のために自分の目を差し出すちゅうたお前の心意気にワシはホレたんじゃ。特別に猛スピードで作っとるんじゃ」
大工は「いらんこと言わなきゃよかった」と後悔します。明日にも橋は完成してしまいそうです。夜逃げしようか。でも夜逃げなんかしたら、今まで築いてきた大工としての信用がパーです。
よい考えが浮かばないまま大工はまた次の日川に来ました。
見ると橋はすっかり完成していました。激しい流れにもビクともしない、立派な橋です。
また水の底からザブッと鬼がわいてきます。
「さあ橋はできたで。約束じゃ。お前の両目をもらうで」鬼はグウーと手を伸ばします。
「ま、まってくれ、一日だけ待ってくれ」
「なんじゃ、村のために目なんかくれてやるてゆうたじゃろ」
「そらもちろんだ。俺は村の暮らしさえラクになれば、そんな目のひとつやふたつ、ケチなこと言わないんだ。言わないんだが、ほら、まだ橋が流れないとは限らんし、人が渡ってみないとわからんし…」
「何をごちゃごちゃゆうとるんじゃ!あっ、ははー、お前ビビっとるな。いざ橋ができて目を渡すゆう段になって、ビビッてしもたんやな」
「いや、その、なんちゅうか、うう、すまん。正直ビビっとる」
「ふん、まあ確かに怖かろう。よし、ほんなら取引じゃ。ワシの名前を当ててみせろ。見事名前を当てられたら目はとらんどいたろう。ええか。明日のこの時間までやで」
そう言って鬼はブクブクと水底に沈んでいきました。
大工は一日だけでも時間かせぎができてホッとします。でも鬼の名前なんて見当もつきません。明日までに何とかしないと目をとられるのです。ホッとしている場合ではないのです。
大工仲間に片っ端から聞いてまわりますが、鬼の名前なんて知るものは一人もいませんでした。
年寄りなら詳しいかもしれぬと、村の長老さまを訪ねます。しかし鬼の名前なんて一度も聞いたことがないという答えでした。
山寺の住職さんなら知っているかもと山寺を訪ねた時には、すっかり夜も更けていました。
ところが住職さまもやっぱり鬼の名前は知らなかったのです。ただ、住職さまの話では鬼や妖怪というものは名前を当てられるとその力を失うということでした。
「まあ、疲れていてはロクが考えがわかん。今夜は風呂に入ってゆるりと休むがよい」
と、住職さまはお寺に泊めてくれます。しかし大切な目がかかってるのです。時間は迫ってるのです。眠るどころではありません。大工は布団の中でうんうん考え続けます。
すると、どこからか歌声が聞こえてきます。
「はやく鬼六 来ないかなぁ
目ん玉持って 来ないかなぁ
はぁやく鬼六 来ないかなぁ
目ん玉持って 来ないかなぁ」
それは庭にいる子供が手まり歌を歌っているのです。見ると頭に二本の角がはえています。体は見えるような見えないような、透明でむこうが透けてます。
「あいつの名前は鬼六、鬼六だったんじゃ…」
大工はガバッと跳ね起きます。もうすっかり日は出ており、和尚さんが朝ごはんを準備してくれてました。しめじの味噌汁がとても美味しかったです。
朝ごはんをかきこむと大工は自信まんまんで川へ向かいます。おーいと呼ぶと、水底からぶっくりと鬼が姿をあらわしました。
「よお、俺の名前わかったんか」鬼はにやついて言いますが、大工の自信まんまんな顔を見て、これはバカにできないと思いました。
大工は勝ち誇って言います。
「ははは、残念じゃったなあ。人間ごときに名前を言い当てられて悔しかろう。大いに怒れ。わめけ。地団太を踏め。お前は…」
ところが、夢の中の出来事だったことと興奮して走ってきたせいで記憶があいまいになっていました。
「お前は橋架けの名人、鬼…助 だったっけ?」
「でたらめ言うな!そんな名前なわけあるかい!これでお前の負けは決まりじゃ!さあ目ン玉よこせ」鬼は太い手を伸ばし、大工の首をグッと押さえます。
「わっ、待った今のなし!お前は確か…橋架けの名人、鬼丸?」
「ふざけるな!ええ加減なことばかりゆうて」と鬼の指が大工の目をほじり出そうとします。
「ちょ、待て!あ、今度こそ思い出したぞ!お前は…」
と言いかけた時には鬼の太い指がグーッと目にめり込んできます。大工は必死で声を振り絞り、
「お前は橋架けの名人、鬼六!」
すると鬼は動きを止め、大工から手を離し、ザバーとものすごい水しぶきを上げて水底に沈んでいきました。
大工はハァハァ息を整えながら沈んでいく鬼六を見つめていました。鬼六は二度と浮かんできませんでした。
鬼六がかけた橋はその後何百年も流されることなく、村の暮らしを支え続けたということです。