男の名前は、だいだらぼうです。
だいだらぼうが立ちあがれば、青空の白い雲はおへそのまん中あたりで、だいだらぼうが歩けば地面が沈み、雨が降るとその足跡が池になります。
そんな大きなだいだらぼうは、いつも山にどっかりと座り、ときどき鹿島灘に手を伸ばしては、ハマグリを取って食べてくらしていました。
「オレが歩くと土地がでこぼこになって、村のみんなに迷惑がかかるもんな」
ある日の事、山を枕に昼寝をしようと、水戸の方へそっと足を伸ばしただいたらぼうは、
「ん? なんだあ?」
伸ばした足もとで、人がザワザワ動いている様子です。
だいだらぼうは用心して起きると、忙しそうに動きまわる水戸の村人たちにたずねました。
「おい。何をしてるんだあ?」
いきなり天から声が降ってきたので、村人たちはびっくりしました。
「なんだ、だいだらぼうか。ああ驚いた」
「実はここに穴を掘って、水をためたいんだ。田んぼに、水ひきたいからなあ」
村人たちは土を掘ったり運んだりして、働き始めました。
だいだらぼうは、ふと思いました。
(よし、おれが手伝ってやろう。だって、おれが子供のころ、村のみんなは食べ物わけてくれたものな。うん、恩返しするなら今だ)
その夜、村のみんなが寝静まったのを見届けると、だいだらぼうは大きな手で地面を掘り始めました。
「うんこらしょ」
いくらだいだらぼうでも、深くて広いくぼ地を作るのは大変です。
掘って掘って一生懸命掘っているうちに、だいだらぼうの指の先がやぶれて血が流れて来ました。
(痛いけど、がんばらないと)
そうして掘り続けて夜が明けるころ、なんとまわりが八キロもある大きなくぼ地を作ったのです。
だいだらぼうは、泥だらけの手でおでこの汗をふきました。
顔が、泥と血で汚れました。
だいだらぼうは腰をさすりながら山へもどると、大あくびをしてやっと眠りました。
何も知らず集まって来た村の人たちは、大きなくぼ地を見てびっくり。
「だれだろう? ひと晩でこんな大きな沼を作ったのは」
「だいだらぼうが、やってくれたんだ。ありがたいこった、ありがたいこった」
若者も年寄りも、手を取り合って喜びました。
それからまもなく、だいだらぼうは大足村(おおだらむら)へ遊びに行きました。
大足村は、だいだらぼうの故郷です。
だいだらぼうが姿を見せると、みんなが集まって来ました。
「よく来たなあ、元気だったか」
「だいだらぼう、久しぶりだなあ」
だいだらぼうは、みんなが喜んでくれたのでうれしくてたまりません。
「いやあ、おれもこの通り大きくなったから、恩返しに来たんだよ。何かおれに出来ることはないか?」
すると村長が、目に涙をためて言いました。
「お前は本当にいいやつじゃ。子供のころのお前が、あんまりよく食うもんだから、村には食べ物がなくなって、追い出したというのに」
「いやあ、追い出されたんじゃねえ。勝手に出て行ったんだ。今でも、みんなよく食べ物をくれたと感謝してんだ。なあ、それより何かおれに出来ることないか」
村長はうなずいて、東の方を指さしました。
「なら、たのまれてもらうけどな。村の東にある哺時臥山(くれふしやま)のせいで、日の出がおそくなって困っとるんじゃ。日の出がおそいもんで、みんな朝ねぼうしてしまうんじゃよ。だから、朝寝坊山(あさねぼうやま)って呼んでいるんじゃ」
村の人たちも言いました。
「そうだ。朝ねぼうするから仕事がおくれてな、そのおかげで村は、いつまでたっても貧乏なままだ」
「だいだらぼうよ、あの朝寝坊山を、どこか遠くへ運んでくれねえか」
だいだらぼうは、力強くうなずきました。
「よし、まかせてくれ」
だいだらぼうは、さっそく朝寝坊山のふもとを掘り始めました。
穴が掘れると、そこに指をつっこんで
「うーん」
と、朝寝坊山を地面からひきちぎろうとしましたが、なんといっても相手は山です。
持ちあげようとすると、だいだらぼうの足が地面にめり込んでいきました。
そしてそのたびに、ゴゴゴゴゴーッと、地震がおきます。
だいだらぼうの汗は、大雨のように村の人たちの上に降りました。
「もう、ひといきだ!」
歯をくいしばり、力をふりしぼって、だいだらぼうは朝寝坊山を持ちあげました。
バリバリバリー!
ついに朝寝坊山は、地面から離れました。
だいだらぼうは朝寝坊山を持ちあげて、腰のあたりでかかえました。
「けど、どこへ引っ越すかなあ。朝寝坊山が移ってきて困る人がいたら、いやだしなあ」
だいだらぼうは朝寝坊山をかかえたまま、あちこち見まわしました。
「うん? ・・・ああ、あそこがいい」
だいだらぼうは、のっしのっしと北西の方へ歩き出しました。
そこは、誰一人住んでいない土地です。
だいだらぼうは大足村から八キロも、朝寝坊山をかかえて行きました。
そして、
ドスーン!
空にひびが入るかと思うような大きな音をたてて、朝寝坊山の引っ越しが終わりました。