長者には子どもがいませんでしたが、ようやく玉の様な男の子が生まれたのです。
長者は子どもに万年も生きてくれる様にと願いを込めて亀千代(かめちよ)と言う名前をつけると、子どもを毎日はかりにかけて体重が少しずつ増えていくのを楽しみにしていました。
そんなある日の事、長者が亀千代の体重を測ろうとしたとたん、はかりのひもがぷっつりと切れて、亀干代は地面に頭をぶつけて死んでしまったのです。
最愛の子どもを亡くした長者夫婦は、一晩中泣き続けました。
そしてふと、死んだ子どもの手のひらに名前を書いておけば、生まれ変わったところがわかるという言い伝えを思い出したのです。
長者はさっそく筆をとると、亀干代の左の小さな手のひらに、
《赤尾長三郎の一子、亀干代》
と、書きつけました。
「いいか、亀干代。いつまでも待っているから、必ず生まれ変わって来いよ。もう一度お前を、抱かせてくれ」
長者は何度も言い聞かせてから、小さなお棺のふたを閉じました。
それから数年後のある日、小さな赤ちゃんをおぶった若い夫婦が、赤尾長者を訪ねて来ました。
長者夫婦がその赤ちゃんを見てみると、左の手のひらに《赤尾長三郎の一子、亀干代》と書きしるした文字が、はっきりと現われていたのです。
「こっ、これは・・・」
驚く長者夫婦に、若夫婦が言いました。
「この文字は、この子が生まれた時からありました。
何度洗っても文字が消えないので、お寺の和尚さんに相談したところ、
『この子は、赤尾長者の子の生まれ変わり。この文字はどんなに洗っても決して消えないが、以前に生まれた家の井戸の水で洗えば消えるだろう』
と、言われました。
そこで、お水をいただきにまいりました」
長者夫婦は赤ちゃんを抱きしめると、涙を流して頼みました。
「一生のお願いや!
この子を、わしらにくださらんか。
お礼なら、なんぼでもしますから。
何なら、この屋敷を差し上げても良い。
どうか、亀千代の生まれ変わりであるこの子をわしらに 」
若夫婦は長者夫婦の涙にもらい泣きしながらも、きっぱりと断りました。
「お気持ちはわかります。ですがこの子は、わたしたち夫婦の宝です」
「・・・わかりました。もう一度我が子が抱けただけでも、本望です」
長者夫婦はあきらめると、若夫婦に井戸の水を差し出しました。
若夫婦がその水で赤ちゃんの手のひらを洗うと、今までどんな事をしても消えなかった文字が、すーっと消えたということです。