お産婆さんとは、赤ちゃんを産むお手伝いをしてくれる人の事です。
このお産婆さんに来てもらうと、どんなにひどい難産でも楽に赤ちゃんを産む事が出来ると評判でした。
ある夜の事、お産婆さんが寝ていると、ドンドンドンと誰かが戸をたたきました。
「はて、急なお産かな?」
お産婆さんが急いで戸を開けると、このあたりでは見た事のない男の人が、青い顔で肩で息をしながら立っています。
「お産婆さん、早く来てください! 嫁が今、苦しんでいます! 初めてのお産なもんで、どうすればいいかわかりません!」
「はいはい、落ち着いて。それで、お宅はどちらかね?」
「わたしが案内しますので、急いでください!」
お産婆さんは大急ぎで着替えて、お産に必要な物を持って外へ出ました。
「おや?」
外へ出たお産婆さんは、首をかしげました。
外はまっ暗なのに男の人のまわりだけは、ちょうちんで照らしたように明るいのです。
「早く! 早く、お願いします!」
不思議に思うお産婆さんの手を、男の人がぐいと引っぱって走り出しました。
さて、男の人と一緒に、どのくらい走ったでしょう。
気がつくとお産婆さんは、見た事もないご殿の中にいました。
そこでは数えきれないほどたくさんの女中さんがお産婆さんを出迎えて、
「どうか奥さまを、よろしくお願いします」
と、頭をさげます。
長い廊下を女中頭(じょちゅうがしら)に案内されると、金色のふすまが見えました。
「奥さまが、お待ちでございます」
女中頭に言われて部屋に入ると大きなお腹をかかえた美しい女の人が、ふとんの上で苦しそうに転げ回っています。
「はいはい、落ち着いて。わたしが来たから、もう大丈夫」
お産婆さんはやさしく言うと女中頭にお湯や布をたくさん用意させて、さっそくお産にとりかかりました。
「さあ、楽にして、りきまずに、力を抜いて、そうそう、がんばって」
すると、まもなく、
「フギァアーー!」
と、元気な男の赤ちゃんが生まれました。
「ふう、やれやれ」
お産婆さんが汗をぬぐうと、さっきの男の人が目に涙を浮かべてお産婆さんにお礼を言いました。
「本当に、ありがとうございました。無事に息子が生まれ、こんなにうれしい事はありません。どうぞ、あちらの部屋でゆっくりお休みください」
お産婆さんは長い廊下を連れていかれて、今度は銀色のふすまの部屋に案内されました。
「おや、まあ」
そこには黒塗りの見事なおぜんがあり、お産婆さんのために用意されたごちそうがならんでいます。
「ああ、ありがたいねえ」
お産婆さんは用意されたごちそうをパクパクと食べると、うとうと眠ってしまいました。
それから、どのくらい時間がたったでしょう。
コケコッコー!
一番どりの鳴き声で、お産婆さんははっと目を覚ましました。
「ここは?」
立派なご殿にいたはずなのに、お産婆さんが目を覚ましたのは古い小さな小屋の中でした。
「不思議な事もあるもんだねえ」
お産婆さんは村に帰ると、村の人たちにゆうべの事を話しました。
すると村人たちは口々に、
「それはきっと、お産婆さんの評判を聞いて、キツネが頼みに来たにちげえねえ」
と、言ったそうです。