あくれば、しのぶもぢ摺の石を尋て、忍ぶのさとに行。遙山陰の小里に石半なかば土に埋うづもれてあり。里の童部わらべの来りて教ける、「昔は此山の上に侍しを、往来ゆききの人の麦草をあらして、此石を試侍をにくみて、此谷につき落せば、石の面下ざまにふしたり」と云。さもあるべき事にや。
早苗とる手元や昔しのぶ摺
現代語訳
夜が明けると、忍ぶもじ摺りの石を訪ねて、忍ぶの里へ行った。遠い山陰の小里に、もじ摺りの石は半分地面に埋まっていた。
そこへ通りかかった里の童が教えてくれた。もじ摺り石は昔はこの山の上にあったそうだ。行き来する旅人が青麦の葉を踏み荒らしてこの石に近づき、伝承にある摺り染を試そうとするので、これはいけないと谷に突き落としたので石の面が下になっているのです、ということだ。
そういうこともあるだろうなと思った。
早苗とる手元や昔しのぶ摺
(「しのぶ摺」として知られる染物の技術は今はすたれてしまったが、早苗を摘み取る早乙女たちの手つきに、わずかにその昔の面影が偲ばれるようだ。「しのぶ」は「忍ぶ」と「偲ぶ」を掛ける。)