金田一耕助はこの質問が、どうしてこの青年を苦しめるのだろうといぶかったが、その
ときうしろで毒々しい、ゆすりあげるような笑い声が爆発した。目賀博士である。
「三島君、三島君」
博士は悪戯いたずらっぽい眼をギラギラ光らせて、
「何も遠慮することはありゃせん。目賀先生は奥様と、同じお部屋におやすみでしたと、
なぜはっきりいわんのじゃ。げっげっげっ」
金田一耕助と等々力警部は、弾かれたように博士のほうをふりかえった。博士はにやに
やと毒々しい微笑をうかべている。金田一耕助はその好色にかがやく瞳め、ぎらぎらと脂
あぶらぎった肌を見ているうちに、まるで蟇の妖気にあてられたように、体中が熱くなっ
たり寒くなったりするのを感じた。
「ああ、いや」
と、金田一耕助は苦しそうな空から咳せきをして、
「なるほど、なるほど。先生は奥様の主治医でいらっしゃるから、それは当然の御配慮で
しょうな。何しろ、いつなんどき奥様の発作が、再発しないとも限らぬ場合ですから」
「ふん、まあ、そんなものじゃろかい。とんだ主治医じゃて、げっげっげっ!」
目賀博士は蟇のような声を立ててうそぶいた。
金田一耕助はそのとき、美禰子がここにいたらどんな顔をするだろうかと思うと、この
厚顔無恥な蟇仙人に対して、肚はらのなかが沸たぎり立つような怒りをおぼえた。
「ええと、なるほど、なるほど。それで先生が起きてこられたわけですな。そのとき、 子
奥さまは」
「あれは……いや、奥さんは……」
と、素速くいいなおしたものの、さすがの蟇仙人も照れたらしく、つるりと顔を撫なで
あげて、
「いや、その、なんじゃ、お信乃さんにまかせてきた。幸いお種が気を利きかして、詳し
いことは話さなんだで、奥さんは何も知らなんだのじゃ。騒ぎを聞いて美禰子さんも起き
てきた。それでみんなしてこの部屋のまえへ駆け付けてきたのじゃが……」
「あなたもあの欄間から、部屋のなかを覗のぞかれたんでしょうね」
「そりゃもちろん。覗かんことにゃ……」
「そのときあなたはこの紋章に、お気付きになりませんでしたか」
「気がつかなんだな。あそこからじゃ見えんのじゃないかな」
「なるほど、それから。……」
「菊江さんや三島君は、脳溢血だろうというんじゃが、わしはどうも様子がすこし変だと
思うた。死体のほうは脚だけしか見えなんだが、砂のうえに散っている血の量といい、飛
沫しぶきの状態といい、鼻血とばかりはいいきれぬ。そこでともかく新宮さんを呼んでこ
いと、お種を迎えにやったのだが……」
「お種さんを……?」
金田一耕助が何気なくふりかえると、三島東太郎はもじもじして、
「いまから考えるとぼくが行くべきだったんです。そうすればあのことも、もっとはっき
りしたんですが……」
「あのことというのは?」
「お種はな、新宮さんのところへいくとちゅう、椿子し爵しやくを見たというんじゃ。な
あに、気が動顚してたで、蜃しん気き楼ろうでも見よったんじゃろ」
金田一耕助はぎくっとして、等々力警部と顔見合わせる。何かしら不吉な想いが、いか
の墨のようにどすぐろく肚の底にひろがっていく。これはいよいよ尋常の事件ではない。