「承知いたしました。あのかたもすっかり神経質におなりなさって。……はい、はい、よ
ろしゅうございますぞな。これからいって、なんならいっしょに抜け穴を捜してみましょ
う」
「そうしてください。それじゃ頼みましたよ」
三尺平方あれば人間ひとり、鉄梯子にとっつかまって昇り降りするには不自由はない。
しかしなにしろ抜け穴の内部は底知れぬ闇やみである。最近そこを五人の男女、すなわち
真野信也と名乗る正体不明の怪人と、その怪人のあとをもとめて篠崎慎吾と柳町善衛、陽
子と奥村弘の四人が潜り込んだということを知っていなければ、いかに職業柄とはいえ、
小山刑事も先頭に立つことを躊ちゆう躇ちよしたかもしれない。
こういう冒険を決行するとき、金田一耕助の服装はまことに不便にできている。袴はか
まの裾すそを踏まねばならぬ。袂たもとはあちこちにひっかかる。それにもかかわらずか
れがあくまで、この服装を固執しているところをみると、この男よっぽど頑固な性格にち
がいない。
その金田一耕助が袴の股もも立だちをたかだかとって、抜け穴へ潜り込んでからまもな
く、下のほうで押し殺したような声がした。声のぬしは小山刑事である。
「ほら、ここが階し下たの部屋の抜け穴の入り口ですぜ。上のとそっくりおなじかっこう
の煉瓦の壁がある」
小山刑事はそれから息をころして、壁のむこうの様子に耳を傾けているらしかったが、
そこからはなんの気配も感じられなかったらしく、
「ちっ、やっこさんいま部屋をあけているのかな。われわれがここを通ることは知ってい
るはずだが」
それからドンドン壁をたたいたり、押したり引いたりしているふうだったが、
「おい、いい加減にして下へ降りろ。その壁は外からではぜったいに開かぬようになって
るって、さっきあのばあさんもいってたじゃないか」
上から叱りつけているのは井川老刑事らしい。小山刑事もあきらめたらしく、かれの携
えている懐中電灯の光が下方をむいたまま闇の底を降りはじめた。
金田一耕助もまもなく問題の壁のところまで降りてきた。懐中電灯の光で照らしてみる
と、縦三尺横五尺ばかりの煉瓦で固めた壁が、側面の溝へすべりこむようになっている。
この壁は内部からしか開かぬ仕掛けになっていると、お糸さんもいっていたから、こちら
がわからでは手のほどこしようがない。かれもまたその壁のむこうに耳をすましたが、人
の気配はさらになかった。慎吾はいま部屋にいないのだろうか。慎吾はともかく倭文子は
どうしたのか。それともふたりとも眠ってしまったのだろうか。
「金田一先生、気をつけてくださいよ。そこから鉄梯子で二十段ほど降りるとこのトンネ
ルになりますから」
三本の懐中電灯の光こう芒ぼうが下から縦穴を照らしあげ、そういう声は田原警部補ら
しいが、その声がわんわんあたりに鳴りはためくようなのは、そこがもうトンネルの入り
口だからだろう。
「いまいきます」
金田一耕助が鉄梯子の段を勘定しながら降りていくと二十三段あった。ダリヤの間の入
り口から慎吾の部屋の外まで十二段あったから、全部で三十五段である。段と段との間隔
が約一尺だから、三十五尺、約三丈五尺降りてきたことになる。
金田一耕助が鉄梯子からはなれると、そこから一方にむかって暗いトンネルがひらけて
いる。トンネルも煉瓦とセメントで固めてあるらしいが、大人が立って歩くにはじゅうぶ
んの高さをもっており、幅は四尺あまり、辛うじてふたり並んで歩けるくらいの余裕はあ
る。
「それにしてもこのトンネル、いままでよく持ったもんですね」
「いや、金田一先生、これは初代が造ったものを、二代目が修復し、さらにちかごろ篠崎
氏が、応急修理をほどこしたもんですぜ。ほら、ここんところ修理のあとが二重になって
まさあ」