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大金块-千奇百怪

时间: 2021-10-28    进入日语论坛
核心提示:奇々怪々(ききかいかい) ああ、それはどんなに長い長い一夜だったでしょう。不二夫君は、まるでひと月もたったように感じました
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奇々怪々(ききかいかい)


 ああ、それはどんなに長い長い一夜だったでしょう。不二夫君は、まるでひと月もたったように感じました。あまりのことに、こわさを通りこして、心がしびれたようになって、ボウッとなってしまって、今にも気をうしなうのではないかとあやぶまれたほどでした。
 ピストルをかまえた怪人物は、一晩中カーテンのかげから動かなかったのです。ですから、かわいそうな不二夫君は、朝までまんじりともせず、カーテンとにらめっこしていなければならなかったのです。
 しかし、その長い長い一夜がすぎて、やっと、夜が明けはじめました。部屋の中がなんとなく、ボウッとうす白くなって、表の道路を牛乳屋さんの車が走る音、なっとう売りの呼び声などが聞こえてきました。
「ああ、うれしい。とうとう朝になった。でも、賊は客間のものを、根こそぎ持っていったにちがいないが、ああ、ほんとうに、ぼくが子どもで、どうにもできなかったのがざんねんだ。」
 不二夫君は、ざんねんはざんねんでしたけれど、それでも、ホッとした気持ちで、れいのカーテンのほうを見ますと、ああ、なんという執念ぶかい、ずうずうしいやつでしょう。あいつは、まだじっと立っているのです。ピストルをかまえて、カーテンの下から長ぐつの足を見せて、だまりこくって、立っているのです。
 それを見ますと、不二夫君はぞっとして、また首を毛布の中へちぢめてしまいました。
 いったい、この怪人物は何をしようとしているのでしょう。となりの客間をガタガタいわせていた同類たちは、とっくに立ちさってしまったのに、こいつだけが、なんのためにいつまでも居残っているのでしょう。
 外はだんだん明かるくなってきたらしく、カーテンの上のすきまから、ほの白い光がさしこんできました。でも、カーテンの織り物が厚いのと窓の外に木がしげっていますので、賊の影がすいて見えるほどではありません。カーテンのひだのふくらみで、それとわかるばかりです。
 まくらもとの置き時計がもう六時十分まえをしめしています。やがて、書生の喜多村(きたむら)が、不二夫君を起こしにやってくるころです。
 おお、廊下にそれらしい足音が聞こえてきました。喜多村です。喜多村らしい、かっぱつな歩き方です。
 不二夫君は、その足音を聞きつけて、あんどするよりも、かえってドキドキしました。
「もし喜多村がふいにはいってきたなら、カーテンのかげのやつは、まさか、じっとしていやしない。逃げだしてくれればいいけれど、もし、いきなり喜多村めがけてピストルをうつようなことがあれば、それこそ、たいへんだ。」
 そう思うと気が気ではありません。
 しかし、何も知らぬ書生は、もう部屋の入り口まで来て、コツコツとドアをたたいておいて、いきなり寝室の中へはいってきました。
「喜多村、いけない。はいってきちゃいけない。」
 不二夫君は、書生に、もしものことがあってはいけないと、何もかもわすれて、するどくさけびました。
「え、ぼっちゃん、なんです。」
 喜多村は、びっくりしたように、戸口に立ちどまりましたが、目早いかれは、その瞬間、カーテンのうしろの人影を見つけてしまいました。
「あ、そこにいるのは、だれだ。」
 逃げるどころか、喜多村は、いきなり賊のほうへかけよったではありませんか。不二夫君が喜多村を気づかうように、喜多村のほうでも、ぼっちゃんの一大事とばかり、われをわすれてしまったのです。
「喜多村、いけない。」
 不二夫君は思わずベッドをとびおりて、書生のうしろから、その手を取って、引きとめようとしました。
 でも、喜多村は、もうむちゅうです。ピストルのつつ先も目にとまらぬかのように、カーテンのほうへつめよっていきました。喜多村は勇敢な青年でした。それに柔道初段の免状を持っているほどで、腕におぼえがあるのです。
「やい、返事をしないか。……さては、きさま、どろぼうだな。うぬ、逃がすものか。」
 喜多村は、まるで土佐犬(とさいぬ)のような勇ましいかっこうで、まっかな顔をしてどなりながら、パッとカーテンに組みついていきました。
「あ、あぶない、賊がピストルを……。」
 不二夫君は、今にもパンというピストルの音が聞こえ、喜多村が血を流してたおれやしないかと、息もできないほどでした。
 ところが、ピストルの音ではなくて、バリバリというおそろしい音がしたかと思うと、おや、これはどうしたというのでしょう。書生はカーテンにとびついた勢いで、そのむこうの窓ガラスをやぶってしまったのです。そして、その場にころがってしまいました。
 しばらくは、何がなんだかわけがわからず、喜多村も不二夫君も、キョロキョロそのへんを見まわすばかりでしたが、やがて気がつきますと、今のさわぎでめくれたカーテンのはしに、一ちょうのピストルが、ひもでくくって、ぶらんぶらんとゆれながらさがっていました。カーテンの下には、二つの長ぐつが、横だおしになってころがっていました。
 不二夫君はそれを見て、思わず顔をまっかにしてしまいました。ひもでぶらさげたピストルと、長ぐつにおびえて、一晩中、息もたえだえの思いをしたのかと考えると、はずかしくてしかたがなかったのです。
「なあんだ。人かと思ったら、長ぐつばっかりか。まんまといっぱいくわされてしまった。……これ、ぼっちゃんのいたずらですか。」
 喜多村は、指をけがしたらしく、それをチュウチュウ口ですいながら、顔をしかめて、不二夫君をにらみつけました。
「そうじゃないよ。やっぱり、どろぼうなんだよ。」
 不二夫君は、まだ赤い顔をしたまま、気のどくそうに書生をながめて、ゆうべからのできごとを、手みじかに話して聞かせました。
「え、なんですって。じゃ、客間の家具を――。」
「そうだよ。あんなひどい音をたてていたんだから、きっと、何もかも持っていったにきまっているよ。」
「じゃ、行ってしらべてみましょう。ぼっちゃんもいらっしゃい。」
 大学生服の喜多村と、パジャマ姿の不二夫少年とは、まだうすぐらい廊下をまわって、客間へ急ぎました。
 客間の入り口には、左右に開く彫刻のある大きなドアがしまっているのですが、ふたりはそれを開くのがこわいような気がして、しばらくは、顔見あわせてつっ立っていました。やがて、喜多村は思いきったように、静かにドアを開いて、そのすきまから、そっと室内をのぞきこみました。ところが、どうしたのか、ちょっとのぞいたかと思うと、喜多村はびっくりしたような顔で、不二夫君を見かえりました。
「おや、ぼっちゃん、へんですよ、あなた夢をみたんじゃないの?」
「エッ、なんだって? 夢なもんか。あんなにはっきり聞いたんだもの。でも、どうかしたの、へんな顔して。」
「へんですとも、見てごらんなさい。客間のものは、なんにも、なくなってやしないじゃありませんか。」
「おや、そうかい。」
 そこでふたりは、急いで客間にはいり、窓のカーテンを開いて、あたりを見まわしました。
 じつにふしぎです。壁の油絵も、暖炉のかざりだなの上の銀のかびんも、銀製の置き時計も、何もかもすっかりそろっているのです。イスやテーブルも、いつものとおりにならんでいますし、じゅうたんをめくったあともなければ、だいいち、窓を開いたらしい形跡(けいせき)さえないのです。
 不二夫君は、あっけにとられてしまいました。あんな引っ越しのようなさわぎだったのに、客間の中のものが、何一つ動かされたらしいようすもないとは、まるで、キツネにでもばかされたような気持ちです。
 もしかすると、客間でなくて、ほかの部屋だったかもしれないというので、ふたりは部屋部屋を一つ一つまわり歩いてみましたが、どこにも異状はないのです。ふたりはまたもとの客間にもどって、ひじかけイスにぐったりともたれこんで、何がなんだかわからないというように、あきれかえった顔を見あわせるばかりでした。
「だって、きみ、夢のはずはないよ。これごらん。こんな手紙がぼくのベッドの上へまいこんできたんだもの。これが夢でないしょうこだよ。たしかに悪者が大ぜいしのびこんだのだよ。」
 不二夫君は、後日(ごじつ)のしょうこにと、たいせつにパジャマのポケットに入れていた、ゆうべの脅迫状を取りだして喜多村にしめすのでした。
「そうですよ。だから、ぼくもふしぎでしようがないのですよ。ぼっちゃん、こりゃなんだかへんな事件ですね。探偵小説にでもありそうな、えたいのしれない怪事件ですね。」
「ぼく、さっきから考えているんだけど、これは名探偵の明智小五郎(あけちこごろう)さんにでもたのまなくちゃ、解決できないような事件だね。」
 不二夫君は、ちゃんと名探偵の名を知っていて、さも、しさいらしく、パジャマの腕をくみながらつぶやくのでした。
 さて、読者諸君、このなんとも説明のできない、怪談のようなできごとは、いったい何を意味するのでしょうか。大ぜいのどろぼうがはいったことはあきらかなのです。しかも家の中の品物は、何一つなくなっていないのです。まさか、そんな、ばかばかしいことがあろうとは考えられません。では、不二夫君や喜多村は、何かたいせつなものが、うばいさられたのを、見おとしているのでしょうか。もしかしたら、それは客間の(がく)や装飾品などとは、くらべものにならない、びっくりするほど重大な品物ではないのでしょうか。


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