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地狱风景-大鲸鱼的心脏

时间: 2021-10-14    进入日语论坛
核心提示:大鯨の心臓 木島刑事は、検事や警察の人々と一緒に楽園を立去ろうとはしなかった。署長の命令もあったし、彼自身も、まだこれで
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大鯨の心臓


 木島刑事は、検事や警察の人々と一緒に楽園を立去ろうとはしなかった。署長の命令もあったし、彼自身も、まだこれで、事件が解決したとは信じていなかったからだ。
 その午後、彼は一人で、園内をブラブラ歩いていた。
 ふと気がつくと、彼の面前に、真黒に塗った漆喰(しっくい)の小山の様なものが横わっていた。全然黒く塗りつぶした中に、ただ一点しみの様な白いものがあった。それがこの怪獣の目だ。作りものの大鯨が、小さな白い目で刑事を睨みつけていたのだ。
 目の下の口の辺にポッカリ()いた黒いほら穴が、鯨の胎内への入口だ。刑事はその内部の不思議な光景をよく知っていた。大人をもひきつける不気味なお伽噺(とぎばなし)の世界だ。
 彼はその胎内へ這入って見る気になった。黒いほら穴をまたいで、大鯨の口を這入ると、そこに不気味なでこぼこの大きな喉があって、それから、やっと一人通れる位の食道の細道が、ズッと胃袋まで続いていた。
 露出した電燈は一つもなく、光源は皆臓器の繊維の内部に仕掛けてあるので、それが青黒い粘膜を通して、曇り日の様な薄あかりを行手に漂わせていた。すき通って見える青黒い粘膜には不気味な血管や神経などが、黒い川の様に縦横に交錯していた。
 胃袋の一部が赤くただれた様になって、三尺程の穴があき、そこから体腔(たいこう)の中へ出られる様になっていた。木島刑事はその穴から、胃袋を這い出して行った。
 外は広い赤茶けた空洞であった。スグ頭上にギョッとする様な巨大な光源がブラ下っている。浅草の仁王門(におうもん)大提灯(おおぢょうちん)みたいな、ベラ棒に巨大な、真赤にすき通った、鯨の心臓である。赤い心臓からは、老樹の根の様な大動脈、大静脈が、ウネウネと這い出して、遠く百ひろの彼方まで続いていた。そこに、大鯨の大腸小腸が、青黒く、大小無数のおろちの形でもつれ合っているのだ。
「木島さんではありませんか」
 どこからか、ラジオの様に(ぬし)なき声が響いて来た。
 ギョッとして振向くと、大提灯の心臓の下に、異様な寄生虫の様に、黒い小さな影が蠢いていた。人間だ。
「誰です、そこにいるのは」
「僕、喜多川ですよ」
 黒影(こくえい)が治良右衛門の声で答えた。
「ア、あなたでしたか。今頃どうしてこんなところに?」
 刑事は心臓の真下へ歩み寄った。
「少し考えごとがありましてね。この赤い心臓が僕の想像力を刺戟(しげき)してくれるものですから」
 近よると、治良右衛門の顔が、赤と黒とのでこぼこになって、恐ろしい赤鬼の様に見えた。
「ホウ、何をそんなにお考えなのです」
 木島刑事も赤鬼だ。大提灯の心臓の下で、二匹の赤鬼が囁き合っているのだ。
「無論、今度の血腥い事件についてですよ」
 治良右衛門が答えた。そこが丁度巨大な心臓の下であったから、血腥いという形容詞と共に、事実腥い血のりの(におい)が刑事の鼻を打った。
「併し、事件は殆ど解決したではありませんか。あなたは湯本君の無実を主張しようとでもなさるのですか」
 刑事とても、事件の解決を確信していた訳ではないけれど、ここにも一人、疑惑を(いだ)いて考え込んでいる男がいると思うと、ついそんな風に云わないではいられなかった。
「イヤ、必ずしもそうではありませんが、……木島さん、あなたは湯本譲次が四つの殺人事件の真犯人だと信じていらっしゃるのですか」
「無論その外に考え様がないではありませんか」
 木島は(わざ)と強く言い切って見せた。
「なる程あいつは前科者です。併し、意味もなく人間の命を奪う様な殺人鬼ではありません」
「意味もなくですって? 意味があるじゃありませんか。あなたはそれが分らないとおっしゃるのですか」
 刑事は真実意外に感じたのだ。
「すると、あなたは譲次には殺人の動機があったとおっしゃるのですね。あなたのお考えを聞き度いものです」
 治良右衛門が正面から刑事の赤い顔を見つめて云った。
「湯本君は諸口ちま子さんをあなたから奪おうとした。そしてちま子さんの為に手ひどくはねつけられた。これが殺人の動機にならないでしょうか」
「ホウ、あなたはそれを知っていたのですか」
「僕は探偵です」
 木島は侮辱(ぶじょく)を感じたらしく、怒りっぽく云い放った。
「イヤ、失礼。如何にもその点はあなたのおっしゃる通りです。併し、……」
「又麗子さんが殺されたのも二郎君の日記で説明がつきます。湯本君と夫婦の様にしていた麗子さんが、その夫の犯罪を気附くというのは、さもありそうなことです。殊に麗子さんは湯本君の短剣投げの(まと)になっていたという事実さえあるのです。あの人は誰よりも早く、ちま子さんを(たお)した短剣が湯本君の所持品であることを悟ったに違いない。それで、二郎君にあんなことを云い残して置いたのでしょう。案の定麗子さんは同じ短剣でやられている」
「成程、よく筋道が立っていますね。では、三谷二郎殺害の動機は?」
 治良右衛門は何か含み笑いをしている様な声であった。
「二郎君は麗子さんの秘密を聞いた唯一の証人です。その証人を沈黙させる最も簡便な方法は彼を殺すことです」
「すると、譲次は麗子さんと二郎との秘密の会話を立聞きでもしていたという訳ですか」
「或はそうかも知れません。そうでなくても、恋人である麗子さんの挙動や言葉の端でそれを察し得たのかも知れません」
 読者は知っている。麗子が二郎少年にあの秘密を打開(うちあけ)ていた時、茂みのうしろに海坊主の様な黒い人影が立聞きしていた。そしてその人影が湯本譲次であったとすれば、木島刑事の推察は益々適中して来る訳だ。
「では、人見折枝さんは? 朝っぱらから風船に乗っていた気まぐれは、楽園の住人にしては別に珍らしい事でもありませんが、事件に何の関係もないあの人が、何ぜ殺されたか。又犯人はどうしてあの高い空中の繩梯子を切断することが出来たか。あの時風船には折枝さんの外には誰も乗っていなかったのですよ」
「あなたは繩梯子の切口をよくごらんになりましたか」
 刑事が突然妙な質問をした。
「見ましたが……」
「鋭い切口でしたね、刄物で切ったのか、そうでなければ」
「エッ、そうでなければ?」
「弾丸です。非常な名射撃手があって、あの細い繩を的にして、弾丸を命中させ得たとすれば、丁度あんな切口が出来たかも知れません」
「どこから?」
 治良右衛門がびっくりして尋ねた。
「迷路の中心からと云い度いのですが、それは誰が考えても不可能です。もっと近い所、例えば風船の繋留所(けいりゅうじょ)の真下からでも発射したとすれば、そして誰にも気づかれぬ()に森の中へ逃込んだとすれば、満更(まんざら)出来ないことでもありますまい」
「併し、銃声が聞えましょう。炊事の婆さんは鉄砲の音については何も言わなかった様ですが」
「花火です。あの気違いめいた朝っぱらからの花火の音が銃声を消したと考えることは出来ないでしょうか。僕が今朝(けさ)花火係のK君を呼出したのは、その点を検事に知らせて置きたかったからですよ」
「成程、成程、花火とはうまく考えましたね。あなたは恐ろしい人だ。併し、動機は? 譲次はなぜ折枝さんを殺さなければならなかったのです」
「折枝さんが双眼鏡を握っていたことを御記憶でしょう。あの人は風船の上から園内を眺めていたのです。そして偶然にも、迷路の中心の不思議な光景を目撃したのです。殺人の現場を」
「成程、成程」
 治良右衛門は感じ入って唸った。
「下手人は目的を果してから、誰か見ていたものはないかと四方を見廻したに違いない。すると、風船の上の人影が、しかも双眼鏡を手にして恐怖におののいている人影が、目についたのです。そこで下手人は迷路を走り出て、風船の下へやって行ったと考えるのは無理でしょうか。折枝さんは、早く風船を降りればよかったのだが、(おび)え切ってしまって、その決心もつき兼ねたのでしょう。そして、やっとオズオズ繩梯子を降りかけた時、弾丸が発射された。無論折枝さんを狙ったのでしょうが、その丸がそれて、偶然にも、細い繩に命中した。まさか湯本君が空にゆれている細い繩を的に発射する程の名射撃手とも考えられませんからね」
「成程あなたの推理は一通り筋道が立っている様ですね。で、三谷二郎は、折枝をやッつけた帰り道で、その同じ銃器を使用して射殺したという訳ですか」
「多分そうでしょう。メリーゴーラウンドは風船と迷路の中間にあるのですからね」
「で、その譲次の使用したという銃器は? あなたはそれを発見したのですか」
「残念ながらまだです。それさえ発見すれば湯本君の有罪は確定的になる訳ですが、どこへ隠したのか、いくら探しても見つからないのです。併し、間もなく私はそれを発見して見せるつもりです」
 刑事は自信ありげに答えた。
「併しね、御説を伺っても、僕はまだ譲次の有罪を信じる気にはなれないのですよ」
 治良右衛門はやっぱり含み笑いをしている様な声で云った。
「エ、では、あなたは外に誰か疑わしい人物があるとでもおっしゃるのですか」
 刑事が少し面喰(めんくら)って尋ねた。
「たった一つ、まだあなたの知らない事実があるのです」
「何です。それは一体何です」
「諸口ちま子の死体を発見したのは、大野雷蔵と人見折枝の両人でしたね。その時、折枝さんが犯人の姿を見ているのです。うかつに(しゃ)べっては大変なことになるので、折枝さんは大野君の外には誰にもそれを云わないで死んでしまったのです。大野君も実はある人の迷惑を思って、今日までそのことを口外しないでいるのです」
「見たのですか、犯人を。アア何ということだ。そんな重大な手掛りを秘密にして置くなんて。で、それは誰だったのです」
「誰とも分らないのです。咄嗟の場合、ただ洋服を着た非常に背の低い男であったことしか見分けられなかったのです」
「背の低い男?」刑事が息を飲んだ。
「我々の仲間で背の低い男といえば、子供の三谷二郎か、背むしの餌差宗助の外にありません。折枝さんはこの二人に嫌疑のかかることを恐れたのです」
「併し、二郎は殺されてしまった」
 二人は大提灯の心臓の不気味な赤黒い光の下で、思わず顔見合わせ黙り込んでしまった。

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