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地狱风景-喂养宗助

时间: 2021-10-14    进入日语论坛
核心提示:餌差宗助「二郎少年は殺されてしまった。すると」「すると、あの背の低い男が残る訳です」 そして、二人は又もや黙り込んでいた
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餌差宗助


「二郎少年は殺されてしまった。すると」
「すると、あの背の低い男が残る訳です」
 そして、二人は又もや黙り込んでいた。
 治良右衛門の視線の先には、青黒い静脈の網に包まれた醜悪な軽気球の様な胃袋が、ドッシリと落ついて、それから暗闇の胎内深く、うわばみの大腸小腸がとぐろを巻いてつらなっていた。
 我が設計ながら、人体解剖図のいやらしさ、むごたらしさ、果敢(はか)なさが、百層倍に拡大されて、その暗闇一杯に拡がっているのを見ると、ひとりでに心臓の鼓動が早まって来る様な気がした。
 これらの巨大なる臓器どもが、生命をふき込まれて、(にわか)にドキンドキンと、或はウネウネと、脈うち蠢き始めたら、どんなにか恐ろしいことだろう。と思う心がそのまま現実となって、オヤ胃袋が動き始めた。夢かしら。イヤ夢じゃない。動いている。この大鯨は現に生きて呼吸しているのだ。たべたものを消化しているのだ。張りボテの大胃袋がモヤモヤと動き出したではないか。まさか。夢だろう。だが……
「あなた気がつきましたか」
 治良右衛門が、ソッと刑事の腰をつついて囁いた。
「エエ」
 木島刑事は、猛獣がする様な警戒の目色で答えた。
「動いたでしょう」
「動いた。あなたの仕掛けたカラクリですか」
「イイエ、ちっとも知らないのです。あの胃袋は作りつけの張りボテなんです。動く筈がない」
「では若しや」
 刑事はこの奇怪事を非常に現実的に解釈した。それで、彼が先に立って、暗闇の胃袋へと近づいて行った。
「こんなものが消化作用を起す筈はない」
 刑事は塗料でネチャネチャする胃袋の壁をコツコツ叩いて云った。
「誰かいるんだ。人間が隠れて動かしているんだ。オイ、誰だ。出給え」
 刑事は何かを直覚して、勢こんで、胃袋の裏側へ突進した。
「ワッ」
 という悲鳴が爆発した。そして、何とも云えぬ醜怪な生きものが、刑事の腕をすり抜けて、鯨の腹綿(はらわた)の作る迷路の影へ逃込んで行った。
「喜多川さん、そっちへ廻って下さい。僕がうしろから追い出すから」
 木島はまるで(うさぎ)でも(とら)える様に叫んで、腹綿の中へ飛込んで行った。
 暗闇の中に、バリバリと腹綿の破れる音、逃げ廻る怪人物の、追っかける刑事の、入り乱れた足音、息遣い。コンクリートの皮膚を持つ大鯨が、腹痛を起して、のたうち廻った。
「しまった。木島さん、逃げられた。僕の袖の下をくぐって。あっちだ。あっちだ。食道の方だ」
 治良右衛門が叫んで、いきなり駈け出した。心臓の大提燈(おおぢょうちん)をかいくぐり、(はり)ボテ肺臓を押し分けて、食道の方へ、トンネルの様な暗闇の細道へ。
 怪物は子供の様に背が低くて、(ましら)の様に身軽だった。彼は天井の低いトンネルを、立ったまま走れた。身体を折り曲げて、頭をコツコツやりながら、不自由に走る二人の大男は、迚も彼の競争者ではなかった。
 治良右衛門と木島刑事とが、やっと鯨の胎内を抜け出して、夕暮れの木立ちを見渡した時には、例の怪人物はどこへ逃げ去ったのか影もなかった。
「やっぱりそうでしたね」
 鯨の口の外にボンヤリ突立(つった)った刑事が意味ありげに云った。
「僕はあいつを信用しているんだが。変ですよ」
 喜多川氏は首をかしげた。
「あなたも、あれが背むしの餌差宗助だったことを否定は出来ないでしょう」
「エエ、外にあんな格好の奴はいないから。併し、どうも不思議だ」
「これを見れば分るかも知れません。僕はさっきあいつがこんな紙切れを落したのを拾ったのですよ」
 木島刑事は云いながら、一枚の紙片を見せた。それには下手な字で、こんなことが書いてあった。

(きた)る七月十四日、ジロ楽園カーニバル(さい)の当夜、殺人遊戯の大団円が来るのだ。その夜残り(すくな)のメンバー達は、みなごろしになる。血みどろの大夜会、殺人縁日のお祭り騒ぎが、どんなにすばらしいか。考えてもゾクゾクする。誰にも云っちゃいけない。地獄の秘密だ。人外境の大秘密だ。


「あなた、宗助の筆蹟をご存じですか」
 刑事が尋ねた。
「知ってます。併し、これは態と乱暴な書体で書いてあるので、果して宗助のだかどうか、よく分りません」
 治良右衛門が答えた。
「この、ジロ楽園カーニバル祭っていうのは本当ですか」
「本当です。こんな殺人騒ぎが起らない前、同好の紳士淑女百人余りに招待状が出してあるのです。この騒ぎでは中止しなければならないかと思っていたのです」
「フン、それにしても、そんな賑かな()を選ぶなんて、犯人の気が知れませんね」
 刑事はやっぱり現実的な考え方をした。
「僕には分る様な気がしますね」治良右衛門は、なぜか薄笑いを浮べ、刑事の顔を覗き込む様にして、舌なめずりをしながら云った。「今までのやり口でも分る様に、犯人は恐ろしい殺人狂なのです。あなたはさい前、湯本譲次を仮想犯人として、現実的な推理を組立てられたですが、その湯本譲次のいない楽園に、今の様な怪しげな人物が現われたのです。しかもこんな殺人予定表を落して行った奴がです。これで湯本が犯人でないことがお分りでしょう。今度の犯罪は、譲次の様な普通の悪人の企て及ばない狂人の夢です。変な云い方をすればこの(まぼろし)のジロ楽園にふさわしい犯罪です」
「なんだか、あなたはこの殺人狂を讃美していらっしゃる様に聞えますね」
 刑事が迫り来る夕闇の中で、変な顔をした。
「讃美? エエ、ある意味では。僕は闇夜に打上げられる赤い花火が好きなんです。併し、僕が殺人狂の仲間だなんて誤解しないで下さいよ」
「だが片輪者のあの宗助に、そんな気持が分るでしょうか。あなたのおっしゃる様な」
「僕も意外なんです。併し畸形児というものは、心までも、我々とは全く違った曲り方をしていないとは云えません。彼奴(あいつ)あんなお人好(ひとよ)しな顔をしていて、心ではどんな血みどろな美しい悪事を企らんでいまいものでもありません」
「では、あなたは、この変な紙切れの文句をお信じなさるのですか」
「信じますね。ジロ楽園のカーニバル祭。なんてすばらしい舞台でしょう。真赤な殺人舞踏には……」

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