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恐ろしき父

时间: 2023-09-06    进入日语论坛
核心提示:恐ろしき父文面の「明日正午」という、その正午を過ぎると、だが、常右衛門氏も流石に不気味でたまらなかった。夫人や当の令嬢に
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恐ろしき父


文面の「明日正午」という、その正午を過ぎると、だが、常右衛門氏も流石に不気味でたまらなかった。夫人や当の令嬢には、明らさまに話した訳ではないが、邸内の空気や、常右衛門氏のそぶりで、彼女等にも大体の察しはついていた。
一時間、二時間と時は過ぎて行ったが、主人夫妻召使などの、心配や恐れは、増すばかりであった。何時いつ? 誰が? 何処から? 凡てが不明なのだ。掴み所のない敵。どこにどう防備を施したらいいのか、まるで見当もつかぬ。それが人々を実際以上に怖がらせた。
午後三時、令嬢雪江ゆきえさんの私室には、雪江さんを中にして、真面目な二人の護衛兵、父常右衛門氏と、探偵明智小五郎とが雑談を交わしていた。病身の母夫人は昨夜一睡もしなかった疲れの為に、別室に引取っていた。
雪江は妙齢十九歳、宮崎氏の一粒種だ。どちらかと云うとお父さん子で、厳格な程作法正しい母夫人には、遠慮勝ちだが、お父さんには平気で甘える。生意気な口も利く。常右衛門氏は、この年に比べて子供子供した娘と冗談を云い合うのが一つの楽しみになっていた。それが、今日は青ざめて、黙り込んで、時々、さも恐怖に耐えぬものの如く、キョロキョロとあたりを見廻す様は、日頃快活な丈けに一層いたましく見える。
常右衛門氏は、暫く話をしているかと思うと、急に立上って、イライラと部屋の中を歩き廻る。又腰かけたかと思うと、無闇に煙草をふかし始める。実業界の巨人も、この目に見えぬ敵には、いたく悩まされているていだ。
「ハハハハハハ、明智さん、わしは少し気にし過ぎているようですね」
明智がじっと彼を見つめていたので、常右衛門氏はテレ隠しの様に言った。
「いや、御無理はないのです。こういう事に慣れている私でも、今度丈けは何だか変な気持です。私はいくらかあいつの遣り口を知っているからです。……併し、あいつだって人間です。いくらなんでも、この防備をくぐり抜ける力はありますまい。不可能事です」
「果して、不可能事でしょうかね」
「超自然の力でも持たぬ限りは」
「その超自然力を、賊は持っていると広言しておる」
「虚勢です。考えられぬことです」
併し、明智はなぜか、ひどく困惑の体で、却って宮崎氏の顔色を読もうとする如く、じっと相手を見つめた。
「虚勢。如何にも、虚勢でしょう。……だが、あれは、どうしたというのだ」
裏門の方に、騒がしい人声、それが段々高まって来る。
書生の青山が飛込んで来た。
「裏門のそばで怪しい奴を捕えました。ピストルを持っているそうです。明智さんを御呼びしてくれということでした」
それを聞くと主客共に立上がった。
「明智さん、見て来て下さい。厳重に検べて下さい。ここはわしが引受けます」
明智は立去ろうとして、なぜか一寸躊躇した。本能的にある不安を感じたのだ。併し、行かぬ訳には行かぬ。彼は常右衛門氏をじっと見つめて、
「では、お嬢さんを御願いします。側を離れない様にして下さい」
くどく念を押して、彼は書生の案内でドアの向うに消えた。あとに残った父と娘とは、真青な顔を見合わせて、暫らく黙り込んでいたが、とうとう、雪江さんが、たまらなくなって幼児の様に叫んだ。
「お父さま、私、こわい」
彼女は、今にも倒れそうに気力がない。
「心配することはない、こうしてわしがついているではないか。それに、この部屋のまわりは、刑事や書生で取巻いているといってもよい程だ。現に、賊は裏門を這入らぬ内に、捕まってしまったじゃないか。ハハハハハハ、ナアニ、少しも心配することはないのだよ」
「でも、私、なんだか。……お父さま!」
雪江は、目でいつもの合図をした。十九歳の雪江は、今でも時々父に甘えて、その腕にいだかれる癖があった。この目使いはその合図なのだ。
常右衛門氏は、それを見ると、なぜか幽かに狼狽の色を現わした。そして、一向彼女の要求に応じる気色けしきもない。
雪江は妙に思った。こんな際にあれを云い出したのが悪かったのかしらと考えたが、こんな際であればこそ、父の力強い腕に抱かれたかった。彼女は思切って、ツカツカと父の側に寄り、父のアームチェーアに、柔い肉体を無理にも押し込む様に腰かけた。麻の着物を通して、父のよく肥った肉体と、娘のすべっこい肌とが密着した。雪江は怖さに熱苦あつくるしいことなどを考えている余裕はなかったのだ。
常右衛門氏は娘の肌を感じると、不思議なことに、益々狼狽の色を示した。まるで、一度もそんな経験を持たなかったかの様に。
無邪気な箱入娘は、次には、彼女の青ざめた、併しふくよかな頬を、父の口の前へ持って行った。小さい時分、何かにおびえると、父は彼女の頬に接吻して力づけてくれた。その習慣が今でも残っているのだ。
常右衛門氏の狼狽は極度に達した。娘のこの無邪気な仕草が呑み込めなくて、途方にくれた体である。だが、次の瞬間、彼の頬にサッと血が昇って、目が燃える様に輝いた。
白髪しらがの常右衛門氏の両手がぎごちなく延びて、娘の柔かな身体を抱きしめた。
「アラ!」
どうした訳か、雪江はそれを求めて置きながら、父の抱擁ほうようにおびえて小さく叫んだ。何かしら父の触感がいつもと違ったからだ。その刹那、父が嘗つて見も知らぬ他人みたいに思われたからだ。
常右衛門氏は、雪江の幽かな抵抗を感じると、一層物狂わしくなった。彼は乾いた唇をカサカサ云わせながら、娘をしめつけた腕にグッと力をこめた。そして、逃げる雪江の唇へ、彼の唇を持って行った。
父の情慾に燃える目と、娘の恐怖におびえ切った目とが、一寸いっすんの近さで、まじまじと睨み合った。
余りの激情に声を立てる力もなく、不気味に黙り合ったまま、彼等は死にもの狂いに掴み合った。
惨憺さんたんたる格闘の末に、雪江は辛うじて、父の手を逃れ、髪も着物も乱れた様で、よろよろとドアの方へ走った。
だが、常右衛門氏は、已に彼女の先廻りをして、ドアをうしろに立ちはだかっていた。
「のいて下さい。あなたは誰です。一体誰です」
雪江は父を睨みつけながら、一生懸命に云った。
「誰でもない。お前のお父さんだよ」
「違います。違います。……お父さまじゃない。……アア、怖い」
雪江は気が違いそうだった。確かに父の顔を持った男が、どこかしら父ではないのだ。
ハッと思う間に、世界一杯の白髪鬼が、恐ろしい形相ぎょうそうで飛びかかって来た。彼女はもう振ほどく力はなかった。気を失った様に、たわいなく、されるがままになっている。
再び身動きもならぬ抱擁、顔に降りかかる男の息、父とは違ういとわしいにおい、そして、ヌメヌメと不気味な唇の触感。…………
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