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不可思議力

时间: 2023-09-06    进入日语论坛
核心提示:不可思議力裏門の騒ぎというのは、職工風の男が、ジロジロ邸内を覗き込んでいるので、見張りの刑事が引捕ひっとらえて検べようと
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不可思議力


裏門の騒ぎというのは、職工風の男が、ジロジロ邸内を覗き込んでいるので、見張りの刑事が引捕ひっとらえて検べようとすると、いきなりピストルを取出して手向いをした。勇敢な一刑事は賊に組みついたが、一振りではね飛ばされてしまった。
賊はピストルを構えて、グングン邸内へ這入って来る。騒ぎが大きくなった。家中うちじゅうの男子が現場へはせつけた。相手は一人だけれど飛び道具を持っているので、うかつに近寄れぬ。人々は彼を遠巻きにして騒ぎ立てた。
そんなことで、結局、賊に縄をかけるのに、二十分程もかかったが、やがて、三人の刑事が賊の縄尻を取って、警視庁へと引上げて行った。
明智小五郎は、それを見送りながら、ふとある恐ろしい疑いに打たれた。
「あいつは、一体何の為に、態々捕まりに来たんだろう。若しかすると……」
彼は大急ぎで元の部屋に引返した。
廊下に一人の書生が見張り番を勤めている。さっき裏門へ駈けつける時、この書生丈けは持場を離れぬ様にと、固く命じて行ったのだ。
明智は、それを見て少し安堵を感じながら、ドアを開いた。そして、一歩室内に這入ったかと思うと、直ぐに又飛び出して来て、張番の書生の肩を掴んだ。
「君、宮崎さんはどこに行かれたのだ」
「洗面所です」
「今か」
「エエ、つい今しがたです。アア、帰って来られました」
廊下の向うに常右衛門氏の姿が見えた。
「その間、この部屋へ誰も這入ったものはあるまいね」
「エエ、決して」
宮崎氏が二人の側まで来て声をかける。
「アア、明智さん、賊は捕まった様ですね」
「エエ、併し……」
「併し?」常右衛門氏はけげん顔だ。
「お嬢さんは大丈夫ですか」
「御安心下さい。雪江の方は別状ありません。ごらんなさい。あの通り元気ですよ」
宮崎氏はドアの方へ歩いて行って、それを開けた。明智もあとに続く。
「オヤ、オヤ、不作法なお嬢さんだぞ」
宮崎氏が笑い顔で云った。雪江はとうのアームチェーアに寄りかかって、グッタリ眠っている。
「明智さん。可哀想に余程よほど疲れたと見えて、居眠りをしています」
「居眠りですって。あなたは、あれを居眠りだとおっしゃるのですか」
明智が驚いて聞返した。
「居眠りでなくって、ほかに……」
だが、云っている内に、宮崎氏にも娘の変な様子が分って来た。彼は真青になってツカツカと部屋の中へ這入って行った。
「オイ、雪江、雪江、しっかりしなさい。お父さんだ」
肩を揺っても、グニャグニャと前後に動くばかりで、何の手答えもない。
明智もアームチェーアの側に立って、雪江の様子を眺めていたが、突然常右衛門氏の腕を掴んで、囁き声で云った。
「静かに。何か聞えます。ホラ、あの音は何でしょう」
耳をすますと、ポタ、ポタ、ポタと、雨漏りの様な変な音が断続して聞えて来る。
部屋中を見廻したが、どこにも水の垂れている様子はない。しかも、物音は、つい鼻の先でしているのだ。
「アッ、血だ」
雪江の籐椅子のうしろに廻っていた明智が叫んだ。
見ると、丁度雪江の身体の下の、椅子の底から、真赤な血のしたたりが、床に落ちては、はね返っている。床には小さな血の水溜りが出来ていた。
雪江の身体を引起して見ると、案の定、背中の、丁度心臓のうしろに当る箇所に、血まみれの短刀の柄ばかりが見えていた。彼女はその短刀の一突きで絶命したのだ。
「白蝙蝠だ」
短刀の白鞘しらざやに刻まれた奇怪な紋章を発見して、明智が呟いた。
「不思議だ。わしが洗面所へ行っていた間は二分か三分です。しかも、書生は、誰もこの部屋に這入ったものはないと云っている。どうして、いつのまに。……」
常右衛門氏は、娘の死を悲しむことも忘れて、賊の余りの早業にあきれるばかりだ。
見張りの書生が呼ばれて這入って来た。
「この部屋へ誰も這入らなかったことは確かだろうな」
「ハア、ドアの方に向って廊下に立っていたのですから、見逃す筈はありません。決して間違いはございません」
書生は室内の激情的な光景を見て、真青になって答えた。
「物音も聞かなかったのだね」
明智が尋ねる。
「ハア、ドアが閉ってましたし、二三間向うから見張っていましたので、何も聞きませんでした」
「この部屋は壁もドアも厚く出来ているので、一寸位の物音は外へ漏れないのです」宮崎氏は説明して「お前大急ぎで、医者と警察の人を呼んで来るんだ。それから奥さんには、アア、今でなくてもよろしい。なるべくおそく知らせる方がいい」と命じた。
「あの書生は信用出来る男ですか」
彼が立去るのを見て、明智が尋ねた。
「愚直な程です。同郷人で、永年ながねん目をかけている男です」
「お嬢さんに何か、つまり、一種の感情を抱いていたという様な……」
「イヤ、そんなことは決してない。あれは婚約の恋人を持っている。その娘は国にいるのですが絶えず手紙の往復をして、非常にむつまじいのです」
「すると、全く不可能なことが、有り得ないことが行われたのです」
「だが、不可能なことが、どうして行われるでしょうか。賊は我々の気づかぬ出入口を持っていたかも知れない」
「そういう出入口はこのたった一つのドアのほかには全然有り得ないのです。私はあらかじめここを充分検べて置きました。窓は鉄格子がはまっている。壁にも戸棚にも何の仕掛けもない。ドアさえ守れば大丈夫だということを見極めて、御嬢さんを守る為に、この部屋を選んだ訳です」
明智は困惑の極、救いを求める様に宮崎氏の顔を眺めた。この変な、名探偵にも似合しからぬ仕草は、已に二度目であった。
「つまり、あなたは、この犯罪は全く解決不可能だと考えられるのですか」
宮崎氏は不満の色を浮べて云った。
「そうです。……併し、若し、そういうお答えでは満足出来ないとおっしゃるならば……」
「エ、すると何か……」
宮崎氏は果し合いでもする様な、恐ろしい目つきで、名探偵の顔を凝視した。
「恐ろしいことです。いや、寧ろ滑稽こっけいなことです。併し、同時に算術の問題の様に、簡単明瞭な事実です。唯一ゆいいつにして避くべからざる論理的帰結です」
「それは?」
「それは、つまり……」明智は三度みたび、救いを求める様なみじめな表情になった。「信じられぬ。私は、その理論の指しているものを信じることが出来ないのです。怖いのです」
「云ってごらんなさい」
「私の留守中、娘さんに近づき得た人物は、天にも地にもたった一人であったと申上げるのです」
「たった一人? それは、つまり、わしのことでしょう」
「そうです。あなたです」
宮崎氏は妙な顔をして、目をしばたたいた。
「すると君は、娘を殺した犯人は、娘の実の父親であるわしだとおっしゃるのか」
「不幸にして、僕はそれを信じることが出来ません。併し、あらゆる事情、あらゆる論理が、その唯一の人を指しています」
「君は、本気で云っているのですか」
「本気です。軽蔑して下さい。僕はこの明々白々な理論を肯定する勇気がないのです。そこには、人間力の及ばない不思議な力がある。この力が何物であるかをつきとめ得ない以上は、僕は無力です」
明智は訳の分らぬことを云って、不甲斐ふがいなくも渋面じゅうめんを作った。口惜くやしさに今にも泣き出そうとする子供の表情だ。
「君はどうかしたのじゃありませんか。何を云われるのか少しも分らん」
宮崎氏は、皮肉な微笑を浮べて、この有名な素人探偵の苦境を見下みおろした。
「だが、僕は、この不可思議力の本体をつき止めないでは置きません。その上で、あなたの前に頭を下げて今日の無礼を謝するか、それとも、宮崎常右衛門氏に縄をかけて、断頭台に送るか」
常右衛門氏はこの暴言を黙って聞いていたが、明智には答えないで、呼鈴を押して、書生を呼んだ。そして、書生の青山が這入って来たのを見ると、
「この気違いを叩き出すのだ」
と命じた。
「明智先生をですか」
「そうだ。この人は気が狂ったのだ。わしが娘の下手人だなんて、途方もない暴言を吐くのだ。一刻も邸内へ置く訳には行かぬ」
宮崎氏はいとも冷静に云い放った。
「そのお手数には及びません。僕はこれでおいとまします」
明智は一礼してドアの外に出た。彼はただ一人ぼっちになりたかった。そして、極度に混乱した思考力を落ちつけ、この一連の犯罪事件を、もう一度隅から隅まで吟味ぎんみして見たいと思った。あとはやがて到着する警察の人々に任せて置けばよい。彼はそれどころではないのだ。この化物みたいな、恐ろしい不可思議力の本体をつきとめること、彼の頭はただその一事いちじで一杯になっていたのだ。
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