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舞台裏の怪異(1)

时间: 2023-10-08    进入日语论坛
核心提示:舞台裏の怪異「みなさん、仮面を取ってください。曲者(くせもの)は見物席の中へまぎれ込んだかもしれません」 劇場の係り員が、
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舞台裏の怪異


「みなさん、仮面を取ってください。曲者(くせもの)は見物席の中へまぎれ込んだかもしれません」
 劇場の係り員が、大声でどなった。何千という見物たちの型にはめたような一様の笑い顔が、たちまち消えて行った。そして、取り去られたお面の下から、老幼男女、美醜さまざまの生地(きじ)の顔が、さらけ出された。
 人々はお互いに隣席の人物を、疑い深く(なが)め合った。あのとりすました顔をしている男が、もしや人間豹なのではあるまいか。こちらにニヤニヤ笑っているやつもなんだか怪しいぞ。誰も彼も、自分のすぐ間近に恐ろしい殺人鬼が潜んでいるように感じた。
 劇場全体を、死の静寂が占領した。人々は、今にもワーッと叫んで、逃げ出したい気持で一杯になりながら、しかし逃げ出す気力さえもなく、棒立ちになったまま身動きもしないでいた。そして、幾千という眼が、ただ眼だけが、極度の恐怖に(おび)えながら、ジロジロと見かわされていた。
 だが、客席にも、舞台にも、舞台裏にも、あの特徴のある恩田の顔は、まったく見出すことができなかった。
 やがて近くの警視庁から()けつけた十数名の警官が、劇場係り員の協力を得て、楽屋から舞台裏、天井から奈落(ならく)の隅々まで捜索したけれど、ついに獣人の姿を発見することはできなかった。恩田ばかりではない。被害者の江川蘭子も、いつの間にどこから運び出されてしまったのか、影さえも見えなかった。
 レビューは開演なかばにして中止するほかはなかった。満員の見物たちは、木戸木戸に立ち並んだ警官に、不愉快な首実検をされて不平たらたら帰り去った。
 見物が一人もいなくなると、再び入念な捜索が繰り返されたが、やっぱりなんの得るところもなかった。どの出入口から逃げ去ったという見当さえ、まったくつかなかった。
 一時間以上のむだな努力の後、警官たちは()()ず引き上げて行った。レビュー・ガールや劇場係り員たちも許されて帰宅した。あとには、墓場のように(さび)しくなった建物の中に、たった七人の宿直員が心細く居残っているばかりであった。
 こういう事のあったあとだからというので、(とび)の者や力自慢の道具方など、()りすぐった七人の者が、寝ずの番を(おお)せつかったのだ。
 彼らは楽屋口に近い、畳敷きの部屋に一とかたまりになって、徳利(とっくり)からじかの冷酒を(あお)りながら、無駄口(むだぐち)(たた)いていた。
「おいらあ、どうも、あいつがまだ、この小屋ん中のどっかの隅っこに、隠れているような気がしてしようがねえんだがね」
「よせやい。おどかしっこなしだぜ。あれほど探していなかったんだもの、今頃(いまごろ)まで隠れているはずはないよ。ねえ君」
 すると三番目の男が首をかしげながら、
「ウン、だが、どうとも言えないね。なにしろ芝居の舞台裏や奈落(ならく)ときちゃ、ごみ()めみてえなもんだからね。隠れようと思えば人間一人、どこへだって隠れられるからね」
 また別の一人が、
「もし隠れているとすりゃ、奈落だぜ。ほら、あん時、みんなしてやつを(おさ)えつけたと思ったら、もうどっかへいなくなっていたね。変じゃねえか。いくらすばやいったって、あんなに早く逃げ出せるわけがねえ。やつは、あん時、せり出しの穴へ飛び込んだのに違いないぜ。やっこさん、今ごろ、この縁の下あたりでモゾモゾしてるんじゃねえかな」
 議論は容易に尽きなかったが、話せば話すほど、七人の者はだんだん、人間(ひょう)がまだこの劇場内に(ひそ)んでいるという考えに、支配されて行った。
 ほかのどんな建物より、空っぽになった劇場ほど、異様に物淋(ものさび)しいものはない。見物席の何千という椅子(いす)に、たった一人も人間が(すわ)っていない有様を考えただけでも、何かしらゾッとする感じであった。まして深夜、あんな怪事の起こったあと、死に絶えたような大建築物の中に、生きているものといっては、たった七人……と思うと、さすが力自慢の兄いたちも、決してよい気持はしなかった。
「それはそうと、君、あいつがまだ小屋の中にいるとすると、蘭子はどうしたんだろう」
「むろん、一緒にいるだろうじゃねえか」
「生きてかい?」
 誰も答えるものはなかった。人々はギョッとしたようにだまり込んで、不安な眼を見かわすばかりであった。
 そうだ、けだものは、あの美しい女優を殺さなかったとは言えないのだ。どこかその辺の暗闇(くらやみ)の中に、血みどろになった蘭子の死骸(しがい)がころがっていないとは限らないのだ。
「アーアー、いやだいやだ。おい、みんな、そんな話は()しにしようじゃねえか」
 誰かがやけに大きな声を出した。
「シッ……ちょっとだまって」
 すると隅っこにいた一人が、突然恐怖に(おび)えた眼を光らせて、一同を制した。
「あれはなんだろう……ほら……君たちには聞こえないのかい……あの声」
 思わず澄ます一同の耳に、どこか遠くの方から、かすかに、かすかに、女の悲鳴らしいものが聞こえてきた。
「おい、あの声、蘭子じゃねえか」
「ウン、そうらしい。どこだろう」
 気早やの若者たちはもう立ち上がっていた。

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