「こんどの任務は、なんでしょうか」
「重要な仕事だ。対立国に侵入し、ミサイル関係の秘密を調べてきてもらいたいのだ」
「相棒はだれでしょうか」
「きみひとりだ。しかし、これを持っていけば、数人前の働きができる」
上司の出した品を見て、エヌ氏は言った。
「カメラですね」
「ただのカメラではない。わが秘密研究所で開発した、すばらしいものなのだ」
「ダイヤルのようなものが、ついていますね」
「そうだ。その合わせ方をよく覚えておいてもらわねばならぬ。まず、ここに合わせるとラジオが聞ける。つぎの目盛に合わせると、無電器となって、ここの本部と通信ができる。そのとなりのに合わせると、聴音器となる」
「聴音器とはなんですか」
「小さな音を拡大するしかけだ。こうして壁につけると、となりの部屋の会話が聞ける。また、眠る時に枕もとに置いておけば、忍び寄る足音も大きくなるから、すぐに目がさめ、不意うちされなくてもすむというわけだ」
「だけど、大ぜいに襲われたら、どうしましょう」
「その時は、ここにダイヤルを合わせると、薬の粒が出てくる。それを口に入れて、ここに目盛を合わせる。すると、強い眠りガスが発生し、たちまち相手は倒れてしまう。しかし、薬を飲んでおけばガスの作用を受けず、眠くならないですみ、脱出できる」
「テレビは見えないのですか」
とエヌ氏は思いついて聞いたが、上司はまじめな顔で首を振った。
「おいおい、遊びに出かけるための道具ではないのだぞ」
「そうでしたね」
エヌ氏は頭をかき、上司はダイヤルの説明をつづけた。
「さて、ここからは万能合鍵が出てくる。また、目盛をここに合わせると、金属をとかす液が出てくる。この二つの作用で、たいていの金庫は開けられるはずだ。そして、ここからは絶縁性の電線切りが出てくる。非常ベルの線を切断するためだ」
「すばらしい性能ですね。秘密書類を手に入れることができるでしょう」
「ここを引っぱると、細いがきわめて丈夫な長い針金が出てくる。これをつたって高いビルから降りることもできる」
上司に説明され、エヌ氏はやってみた。一端を天井にひっかけ、カメラにぶらさがってみたが切れなかった。ためし終ってボタンを押すと、針金はもとにおさまった。
「やり方はわかりました」
「なお、ここに出る数字は、気圧だ。天候の変化を予測することができる」
「それにしても、大きなレンズですね」
エヌ氏はあらためて感心し、上司はとくいそうに説明した。
「万能レンズといっていい。これがまた、いろいろな役に立つ。こうのぞくと望遠鏡になり、目盛をこっちに合わせてのぞくと、顕微鏡になる。ここを押せば懐中電灯となって、遠くまで照らせる。そして、こうすれば幻灯器となる。やってみせよう」
上司は壁にむけて点灯した。エヌ氏の姿が壁にうつった。
「なるほど。敵はまちがって、このほうにむかって銃をうつでしょう」
「さて、金が必要になったら、このボタンを押すのだ。このような容器が出てくる」
上司はやってみせた。容器を傾けると、宝石が五つばかり手のひらの上に出た。エヌ氏は目を丸くした。
「きれいですね」
「相手を買収する時に使えばいい。いい気になって、女の子に気前よくばらまいたりするなよ」
「わかっていますよ」
エヌ氏がうなずくと、上司はべつな機能の説明にうつった。
「このボタンを押すと、電気カミソリとして使える。敵に追いつめられたら、これで髪の毛をかって坊主頭になれ。一時的だがごまかせるだろう」
「よくも、各種の性能を組合わせたものですね。それで全部ですか」
「まだある。ここをくわえて水中にもぐれば、酸素が発生して、しばらくは大丈夫だ。また、いよいよという場合には、この二つのボタンだ。一つを押して投げれば手榴弾となり、もう一つを押せば時限爆弾として使えるのだ」
上司の話を聞き終り、エヌ氏は感激した声で言った。
「わかりました。なんとすごいカメラなのでしょう。これだけの新兵器があれば、任務をやりとげてごらんにいれます。相手の秘密のすべてを、撮影してきましょう。で、撮影の時には、どうすればいいのですか」
この質問に、上司は困ったように答えた。
「なるほど、その問題が残っていたな。そこまでは、気がつかなかった。その性能は、ないそうだ。仕方がない。わたしの、腕時計型カメラを貸してあげよう」