「やっとできたぞ。ほれ薬の研究が、ついに完成した。これさえ飲めば、女性が争って、そばへやってくるはずだ」
思わず足をとめると、小さな研究室があった。のぞいてみると、液体の入ったビンを手に、老博士がうれしそうな顔をしている。その博士のあげた声だったのだ。エヌ氏はなかに入り、話しかけた。
「通りがかりに耳にしたのですが、ほれ薬をお作りになったとは、本当なのですか」
「そうだ。これを飲むとからだのなかで変化がおこり、においのついた汗が出る。そのにおいの作用で、女性を強力にひきつけるという原理だ。一回飲めば、十時間ほどきく」
エヌ氏は、身を乗り出した。
「それはすごい。ぜひ、わけて下さい。いままで、女性にもてたことがないのです。お願いです」
「しかし、これはわたしが飲むために作ったのだ。それに、とても高価な原料が使ってある。せっかくだが、あげられません」
ことわられたが、エヌ氏はあきらめきれなかった。といって、たくわえもないので、金を払って買いとるわけにもいかない。
そこでエヌ氏は、ついに非常手段に訴えた。博士に飛びかかり、しばりあげ、薬を取りあげて飲んでしまったのだ。そして、大急ぎで逃げ出した。
しばらく駆け、もう大丈夫だろうと足をゆるめた。からだが汗ばんでいる。うしろを振りかえってみると、どこからあらわれたのか、何人もの女性がついてくる。
「あの人は、あたしのものよ」
「あら、あたしのほうが先にみつけたわ」
などと言い争い、おたがいにさまたげあいながら、あとを追ってくるのだ。エヌ氏はいい気分だった。こんなふうに女性にもてるのは、うまれてはじめてのことだ。
そのうち、ひとりの女が勝ちをしめた。ほかの者を追い払い、エヌ氏のそばへ来て、手をしっかりとにぎった。
「あなたは、あたしのものよ。もうはなさないわ。いいでしょう」
「そんな言葉を耳にするとは、夢のようだ」
満足そうなエヌ氏に、女は言った。
「さあ、いっしょに行きましょう」
「いいですとも。しかし、どこへ……」
「警察よ」
「なんですって……」
とエヌ氏は驚いて聞きかえした。
「あそこなら、ほかの女にじゃまされないで、二人きりになれるわ。あたし婦人警官なの。だから、ほかの人たちを追い払うの、うまかったでしょ。あなたがなぜ、あたしをこんなに夢中にさせてしまったのか、そのわけを、まずゆっくりお聞きしたくてならないわ」