「最近の週刊誌などで話題になっておりますように、いまやエリートの時代。エリート青年の条件のひとつとして、バージンの女性と結婚することがあげられています。当社は、その時代の要求にこたえ、この製品の発売にふみきったわけでございます……」
論理がおかしいかどうかはべつとして、いい線をねらった商法といえた。なぜって、新聞、雑誌、週刊誌、テレビのニュースショー、それらがいっせいに取り上げてくれたからだ。「レーザーに匹敵する最近の大発明」と語った科学解説家があった。レーザーとどう共通点があるのかははっきりしなかったが。
「これは社会の秩序、道徳観を根本から変革するであろう」と語った未来学者もあった。「心臓移植とともに、人類のありかたを問う話題である」と語った学者もあった。いずれも、なにかことがあるたびに口にしている言葉が、こんども出たというわけだった。
夜の歌謡番組では、テレビの司会者が女性歌手の髪の毛をさっと抜き、液につけて「青色ですよ」とからかった。その女性歌手は「あら、ひどいわ」と泣きくずれたが、彼女のすでに結婚していることは、芸能週刊誌の読者なら、だれでも知っていることだった。
|硬《かた》い番組や硬い雑誌も、座談会形式でそれをとりあげた。年配の学者風の連中が、しかつめらしく是か非かを論じあうのだ。非ときめつけたところで、すでに出現した科学技術の発明が消えたという前例など、ひとつもないのに。
通俗週刊誌は大にぎわいだった。女性タレント総点検などと大特集。プライバシーがどうのこうのといっても、大衆の好奇心と、知る権利と、マスコミの利益、その連合軍の前にはたちうちできない。かつら屋がかなりの利益をあげたという。
一番ばかをみた形なのが、その種の番組のスポンサーである他の製薬会社。視聴率はあがれど、すべてナグ製薬のお手伝いになってしまう。かくして、バージン検出液は驚異的な売行きを示した。なんのかんのと理性的なことを言っても、これから結婚しようという男性は、ほとんどがそれを買った。人工着色や防腐剤の簡単な検出器があれば、食品を買う時に使ってみる気になるだろう。人情というものだ。
いうまでもないことだが、女性たちのなかには、はなはだ苦境に立った者があった。身上相談欄には、そのたぐいの投書がどっと集まる。〈どうしたらいいのでしょう。だまっていればわからないとの説があり、それを信じていましたのに。これまでそんな説をしゃべったり書いたりしていた学者や評論家がにくらしい。あたしはだまされていた〉というたぐい。だましたのがだれやら、だまされたのがだれやら、悪いのはだれやら、支離滅裂。
それらの投書を特集すべく、大々的に募集する週刊誌もあった。ブームでひともうけをし、つぎにブームを批判することでもう一回もうけようとの、よくある作戦。テレビなどもそれにならい、またも議論の大波。おかげでバージン検出液は依然として売行き好調。
やがて、身上相談に投書した女性たちのところへ、ダイレクト・メールの郵送があった。〈わがラマ製薬では、あなたのお悩みを一挙に解決してさしあげます。ズープという特殊薬剤。これをご服用になれば、バージン検出液に対抗できます。試供品一錠を同封してあります。おためし下さい。あなたの沈んだ気分は、たちまち晴れやかになりましょう。ただし作用の有効期間は二日。つづけて服用なさるようおすすめいたします。人体には絶対無害。ご注文は当社にどうぞ……〉
半信半疑でやってみると、たしかに効果てきめん。赤色反応を呈する。これでバージンが買え、幸福な人生が手に入るのなら安いものだわ。
このズープなる薬剤を発売した会社も、やはりうまい商法といえた。だまっていても、マスコミのほうが取りあげて紹介し、さわいでくれる。座談会の出席者は例のごとくなれたもの。
「わたしはどっちの立場にまわればいいんですか。反対のほうですか。念を押しますが、ズープへの反対というわけですね。まちがえるとことですからな。わかりました、まかせておいて下さい。謝礼ははずんで下さいよ。さて、かかる発明は虚偽を助長するものである。良心を|麻《ま》|痺《ひ》させる悪魔の発明というべきである。もし、この傾向が政治や外交にまでひろがるとすれば、人類の未来はまさに暗黒……」
つぎにズープの検出液なるものが出現するかと予想されたが、その段階は飛び越された。外資系のケイ・ウエスト電機会社は、革命的な製品を発売した。
ズープの防壁を一挙に打ち砕く製品。バージンかどうかは、ごまかしの皮をはげばいいのだ。当人の記憶のなかには画然として存在している。|嘘《うそ》発見機となると大型にならざるをえないが、この場合はねらいをその一点にしぼったため超小型化が可能となった。万年筆ほどの大きさで、会話をしながら女性の肌の、どの部分でもいいから接触させればいい。判定は確実。それを拒否しようとする女性があるかもしれないが、それはそのことだけで、すでに判定が出ているといえる。
そう安価な品とはいえなかったが、買い求める男性が多かった。これで安心感が買えるのだ。一生の後悔の防止ができる。男とはそういうものなのだ。なにも解説を加えることもあるまい。
またもマスコミは大さわぎ。関係者もこつをのみこみ手なれていた。つまり、社会の流れの方向のみきわめがついたといったところ。開発するほうも楽で、出るべきものがすぐに出る。あるメーカー。
「エレクトロニクスと大脳生理学との結合で新分野への挑戦をこころみている当社、ついにみごとな製品を開発。高性能自己催眠装置。忘却器ともいうべきもの。忘却する記憶部分をバージンに関連した事柄だけにしぼったので、お求めやすいおねだんでの発売が可能となりました……」
科学の進歩というやつは、すばらしいものだなあ。つぎつぎに新しいものが出現してくる。数十年前には人びとが夢にも考えなかったような品が、たちまち現実に普及してしまうんだからなあ。むかしは、戦争こそ科学を進める要素であるなどと、ばかな説をとなえた者もあったな。その原理の誤りは訂正された。平和のうちに、このように科学を進めることだってできるのだ。
科学というものは、その目標さえきまれば、完成し実現するのは時間の問題だけである。アイザック・アシモフの言葉。自己催眠装置で消した記憶を、一種のショックで外部から掘り起し、ついでにその男の顔まで明らかにし、スクリーンに投影する装置がどこかで研究中のはずである。それが完成し普及すれば、そうなったで、また……。
ある時ふと「なんでこんなにまでバージンにこだわらなければならないんだ」とつぶやく人間もあるだろう。だが、こういう突拍子もない根源的な問いかけというやつは、すぐに消えてしまう。海になぜ水があるんだろう、なぜ時計の針は右まわりなのだろう。そんなたぐいに似たようなものなのだ。
しかし、この場合、答えようとすればきわめて簡単でもある。すなわち、こだわることで利益を得るのがたくさんいるということ。メーカーのみならず、報道媒体、賛成だ反対だともっともらしく論ずる連中。自分はちっとも恩恵に浴してないとぼやくやつらだって、一喜一憂をけっこう楽しんでいるんだ。本人は気がつかなくても……。
こんなこと、なにもいまにはじまったことじゃない。むかしから、スカートの長さがどうのこうのと、愚にもつかないことに夢中になってこだわった人びとが|氾《はん》|濫《らん》した時代もあった。この流行語はいかすの、最新の流行はこういう姿勢をとることだの、電車のなかで開く雑誌はなにがいいの、ヘア・スタイルがどうのこうの。人間というやつは、対象がなんであれ、こだわることが大好きなのさ。しかも金になり、ならなくてもなにがしかの楽しみが味わえるとなれば、なおさらのこと……。