ここはベーター星。地面は黄色っぽく、ほうぼうにある草むらは、ピンク色で、地球とはまるでちがうながめだ。
ところどころに直径五百メートルぐらいのドームがある。地球人がここに作った宇宙基地なのだ。透明なプラスチックでできていて、内部の空気や温度はほどよく保たれ、なかではなんの不自由もなく生活ができる。ドームの上には、大きなパラボラ・アンテナがそびえている。
ミノルとハルコがキダに連れられて、ここへやってきてから十日ばかりたった。
「やっと、あこがれの宇宙基地へ来ることができたね。ハルコさん、地球がなつかしくならないかい」
と、ミノルが話しかけた。
「それはなつかしいわ。でも、ここも楽しいわよ。なにもかも珍しいんですもの」
「うん、ぼくもだ。だけど、早く仕事がしたいな。キダさんにたのんでみようよ」
ふたりはキダの部屋に行き、言った。
「ねえ、ぼくたちの任務はなんなのですか。早く命令してください。なんでもします」
「まあ、そうあわてることはないよ。しばらく、基地のようすを見学していなさい」
というキダの言葉に、ふたりは従った。基地のドームとドームとは地下道でつながっている。宇宙船の修理工場もあれば、植物の研究所もある。地下水をたくわえるタンクもあれば、鉱物の精錬所もある。それらを見物して毎日をすごしたのだ。
そして、ある夜のことだ。ミノルはベッドの上で飛び上がって叫んだ。
「わあ、おばけだ……」
少し離れたベッドでは、ハルコも同じように叫んでいた。ふたりの声があまりに大きかったので、それを耳にしたキダがかけつけてきて、電燈を明るくして言った。
「どうしたんだ。大声をあげて……」
「おばけが出たんですよ」
「しかし、どこにもいないじゃないか。どんなおばけを見たっていうんだい」
ミノルとハルコはかわるがわる答えた。
「丸くて赤くて、ふわふわ浮いていました。ゆがんだり丸くなったり、やわらかい風船のような感じでしたよ」
「それに、白い水玉もようがついていたわ。目や口でもなさそうだし、なにかしら……」
「そういえば、変な声も出していたよ。意味はわからないけど、高い声だった。しかし、どこヘ消えてしまったんだろう……」
ふたりは、あたりを見まわしながら、口ぐちに言った。キダは腕を組んでうなずいていたが、聞き終ると、まじめな顔で言った。
「そうか、やっぱり出たか」
ふたりは、驚いた。ミノルは聞いてみた。
「わかっていたことなんですか。それなら教えておいてくれればいいのに。すっかりあわててしまいましたよ」
キダはその説明を始めた。
「そう簡単な問題ではないのだ。じつは少し前にも、そんなことを言い出した者があった。しかし、ほかの者がかけつけるとなにもない。基地内をくまなく調べたが、なにも発見できない。また、この惑星の生物なら、もっと以前に出現していたはずだ。幽霊としか呼びようのない感じだ」
ふたりはちょっとこわくなった。
「そんなことが、あったんですか……」
「そうなんだ。疲れやすい老人が見たのならまだしも、いちばん若くて元気で優秀な隊員だった。そのご何回もさわぐので、頭がおかしくなったのかと思い、わたしが地球へ連れて帰った」
「それから、どうなりましたか」
「地球でくわしく診察したが、頭はおかしくないのだ。そこでわたしは、もしかしたら、若い者だけに感じるなにかがあるのかもしれないと思った。きみたちに来てもらったのも、その解決に手をかしてもらいたかったからだ。しかし、あらかじめ説明したら、熱心さのあまり、なにかを見まちがえることもあると思って、だまっていたんだ」
「そうだったのですか」
ミノルにつづいてハルコも言った。
「でも、あの正体はなんなのかしら。見当もつかないわ。それに調べようにも、どこから手をつけたらいいのか……」
「大変な仕事だな」
ふたりは困ってしまった。命じられた任務が、おばけの調査だったとは。おばけが相手では、さがしまわることもできない。現われるのを待つほかに方法はない。
それからもときどき、ふたりは三回ほど夜中におばけを見た。白い水玉もようの、ぐにゃぐにゃした赤い玉が、変な声を出すのだ。そのたびに、ふたりはベッドから飛び上がる。
「また出たわ。あんまりこわい感じじゃないけど、正体がわからないのはいやね」
と、ハルコが言うと、ミノルもうなずいた。
「ああ、こっちに害は与えないようだ。しかし、変なおばけだな。電燈をつけると、あとかたもなく消えている。やはり、これは、夢のようなものじゃないかな」
「あたしもそう思うけど、夢にしては、はっきりしすぎているし、ふたりそろって同時に見るっていうのも変ね」
「その点だよ、そこがなぞなんだ」
ふたりが話し合っていると、キダがやってきて言った。
「どうだい、手がかりはつかめたかい」
「さっぱりです。いまは、現われた時刻の記録だけ。これだけでは……」
ミノルはメモを見せた。ハルコは自分の思いついたことを言った。
「あたし、星座に関係があるんじゃないかと思うんです」
「ハルコさんは、なんでも星座と結びつけてしまうんですよ」
と、ミノルは言ったが、キダは調べてみることにした。前に隊員が見た記録と、ミノルのメモとをコンピューターに入れたのだ。
ランプが明滅し、カチカチと音がし、コンピューターはやがて一枚のカードをはき出した。キダはそれを手に取ってながめていたが、驚きの声をあげた。
「これはふしぎだ。幽霊が出るのは、この基地のパラボラ・アンテナが、テリラ星の方角をむいている時と一致している……」
「その星から電波のようなものが出ていて、それが若い者の脳に作用し、あの変な夢を見させるのかもしれませんね。でも、それならもっと何度も見ていいはずだけど」
首をかしげるミノルにキダは言った。
「電波が出つづけているわけではないかもしれない。また、テリラ星の自転のためかもしれない。しかし、なんの信号だろう。風船のおばけでは、意味がわからない」
「どんな星なのですか……」
「少し遠いし、たいした星でもなさそうなので、調査に行った者は今までにいない。文明があるとも思えず、なんでこんな信号を送ってきたのか、ふしぎでならない」
「そのなぞをとく、いい方法がありますよ」
「ほう、どんなやりかただね」
「行ってみることですよ。ねえ、調べに行きましょうよ」
「うむ、しかし、それは基地の長官に相談してからだ」
三人はドーム越しに空を見上げた。星座のなかで、テリラ星がなぞをひめて光っていた。