新型の宇宙船はスピードをあげて飛びつづけた。乗りごこちはよかった。ノブオはペロといっしょに、なかを見てまわった。ガンマ九号とちがうので、珍しかったのだ。
「どこへむかっているのでしょう」
とノブオが言うと、お父さんのモリ隊員が答えた。
「さっきの星の装置が教えてくれた星へだよ。そこへ行けば、すべてのなぞがとける」
「それなら、めざす星の位置を、もっとよく聞いておいたほうが、よかったんじゃないでしょうか。まいごになったら大変ですよ」
「それもそうだな。あきらめかけていたところへ、脱出するための宇宙船が思いがけなく手に入り、いい気になって飛び立ってしまった。一回戻って、よくたしかめて出なおしたほうが安全かもしれない」
モリ隊員は操縦席にすわり、ハンドルやダイヤルをいろいろに動かした。しかし、宇宙船は進む方向を変えなかった。モリ隊員は困ったような声で言った。
「カジがきかない。きっと、長いあいだ使われずにあった宇宙船なので、部品が故障しているのかもしれない。だが、修理するとなると、どんなしかけなのかをまず調べなければならないから、やっかいだぞ。しかも、飛びながら、やらなくてはならないのだ」
聞いているうちに、ノブオは心配になってきた。さっきの星へ戻ることもできず、いつまでも、このまま飛びつづけることになるのだろうか。最後はどうなるのだろう。
窓の外をながめていたミキ隊員が言った。
「あら、前のほうに星が見えるわ。このままだと、あそこに着くようよ」
「どんな星ですか」
「あんまりいいところじゃなさそうだわ。白っぽい雲につつまれていて、地表のようすはよくわからないわ。呼吸できない空気のようよ。つまり、生物は住めない星のようよ」
ミキ隊員は反射光線のスペクトルを調べて報告した。しかし、そんなことにおかまいなく、宇宙船はその星にむかうのだった。ノブオはペロをだきしめて、ふるえ声を出した。
「もう引きかえせないんでしょ。それで、ぶじに着陸できるんでしょうか」
「わからない。しかし、ここまできたら、覚悟をきめて、この宇宙船を信用しよう」
お父さんがはげました。宇宙船はまっしぐらにその星にむかい、上空の雲につっこんだ。ノブオは思わず目をとじた。ブレーキがこわれていたら、これで終りなのだ。
しかし、そのまま地面にぶつかりはしなかった。宇宙船は速度を落し、静かに着陸した。すベてが白動操縦になっていたのだろう。そうわかってほっとしたが、ノブオのからだは、まだふるえていた。
宇宙船のなかのスピーカーが言った。
〈みなさま、やっと着きました。外へお出になってください。いまドアをあけます〉
ノブオは、それならそうと早く知らせてくれればいいのに、つまらない心配をしてしまったと思った。だが、ミキ隊員が気づいて大声で叫んだ。
「大変だわ。外は、呼吸できない空気なのよ。宇宙服をつけなければだめだわ。どこにあるのかしら」
みなは急いで、あたりをさがした。しかし、どこにも見つからない。そんななかで、ドアは小さな音をたてて開きはじめた。手で押えたぐらいではだめだった。
ノブオは息をとめ、宇宙船のなかをさがしまわった。だんだん苦しくなってくる。だが、ここの空気を吸ってはいけないんだ。
といっても、呼吸をしないで、何分もがまんしてはいられない。宇宙服はみつからない。ああ、もうがまんできない。
ふとペロを見ると、元気にほえている。ペロが死なないんだから、大丈夫なんじゃないのかな。
ノブオはこわごわ、少しずつ息をしてみた。なんともなかった。それどころか、すがすがしい味の空気だった。
「呼吸しても大丈夫ですよ」
ノブオは大声をあげた。お父さんも、ミキ隊員も深呼吸をした。
「ほんとだ。上空のほうと地上とでは、空気の成分がちがっているのだな。まったく、人をはらはらさせる宇宙船と星だな。これでひと安心だ。さて、外はどんなだろう」
みなは宇宙船のドアから外へ出た。
空は白っぽく明るかった。ほどよい気温で、地上には色とりどりの花が咲いていた。少し遠くに町が見える。
青いガラスのようなもので作られたビルが並んでいる。なにもかも美しい。ノブオは言った。
「あそこには、どんな人たちが住んでいるのでしょう。早く会いたいな。行ってみましょうよ」
その時、町のほうから一台の乗り物が飛んできた。スマートなボートのような形で、それが空中を音もなく泳ぐようにやってきて、宇宙船のそばに止まった。操縦者はいないが、お乗りくださいという感じだった。
みなはそれに乗りこんだ。すると、乗り物は動き、町へむかった。
町は物音ひとつなく、人影も見あたらなかった。ここの人びとは、どうしているのだろう。この、迎えの乗り物をよこした人が、いるはずなのに。
乗り物は、町の中央の建物の屋上についた。おりて少し歩くとドアがあった。それは近づくにつれてしぜんに開いた。入るとエスカレーターが動きはじめ、みなをなかへと案内した。
「どこへゆくんでしょう」
「さっぱりわからないわ」
やがて、広い部屋へとみちびかれた。やわらかい椅子があり、みなはくたびれていたので、それに腰かけた。部屋の壁のほうには、なんのためのものかわからないが、金色の装置があった。そして、その装置が声を出した。
〈みなさまがた、この星によくいらっしゃいました〉
前に寄った星の装置も声を出した。だが、それとくらべて、ここの装置の声には感情がこもっているように思えた。心から歓迎しているようだ。
「わたしたちには、どういうことなのか、さっぱりわからない。説明してください」
と、モリ隊員が聞くと、金色の装置は答えた。
〈いたしましょう。ぜひ聞いていただきたいことなのです。ここはミルラという星です。わたしたちここの住民は、長い歴史を持ち、高い文明を築きあげました。そして、宇宙にも進出し、いくつもの星々に発展しました。みなさまがたがお寄りになり、それらをごらんになったはずです〉
「あれは、あなたがたが建設なさったのでしたか」
と、ノブオが言った。遊園地のような星があった。なれた恐竜のいる星もあった。ロボットが金を掘り出す鉱山の星もあった。よほどの文明がないと、あんなふうにはできないはずだ。
〈そうなのです〉
と、装置が言い、ノブオは質問した。
「しかし、あなたがたの姿は、どこにも見かけなかった。住民のみなさんは、どうなさったのです」
〈そこなのです。わたしたちは栄え、多くの星々に広がりました。すばらしい、いい時代でした。しかし、やがて人口がへりはじめました。種族の寿命というものかもしれません。宇宙には、科学をもってしても、どうしようもないことがあるのです〉
「それで、どうなさったのですか」
〈みな、このミルラ星へ戻ってきました。ばらばらに住んでいてはさびしいのです。そして、年月がたちました。でも、人口はへりつづけます。わたしたちは、最後が近いことを知りました。だが、いままで築いた文明を、このまま終りにしてしまうのは、あまりにもったいない。だれかにあとを引きついでもらいたいと思いました〉
ノブオはうなずいた。
「それはそうでしょうね。その気持ちはわかります」
〈わたしたちは、ひとつの方法を考え出しました。小さく精巧なしかけをつくり、宇宙の星々にむけて発射したのです。ふつうの装置の動きを狂わせる性能のあるものです〉
「ガンマ基地のさわぎも、それが原因だったのですね。おかげで、大変めいわくをしましたよ」
そのせいだったのか、ガンマ基地では、すべてが狂って、大さわぎだった。そのため、原因を調査しようと探検隊がつぎつぎに出発したのだ。
金色の装置の声は、ていねいにあやまった。
〈その点はお許しください。異変を調査するための宇宙船に、飛び立ってもらいたかったのです。そうしないと、ここへ呼び寄せることができません。そして、その途中、以前わたしたちの住んだり遊んだりしていた星々へ寄っていただいたというわけです〉
モリ隊員が文句を言った。
「しかし、なぜまっすぐここへ呼び寄せなかったのですか。おかげでずいぶんこわい思いをしましたよ」
〈その点もがまんしてください。あなたがたがどんな性質なのか、それを知りたかったのです。つまり試験です。わたしたちがせっかく築いた文明をお渡しするのですから、変な人では困るのです〉
「ほうぼうの星でどんな行動をするのか、テレビでながめて調べたというわけですね」
〈そうです。いじわるな方法ですが、しかたなかったのです。ここをめざしたのは、あなたがただけではありません。なかには、むちゃなのもいました。そんなのに文明を渡したら、大変なことになってしまいます〉
「そうでしょうね」
みなはうなずいた。赤く丸い宇宙船で、あばれまわる宇宙人のことを思い出したのだ。あの連中だったら、文明をこわすか、悪用するかだろう。
〈あなたがた地球人が、わたしたちの望む理想的な人だとは申しません。しかし、ほかのにくらべるといちばんましです。だから、わたしたちは文明を、あなたがたにお渡しすることにしたのです〉
「合格なんですね」
と、ノブオが言った。とてもうれしかった。
〈そうです。あとを引きついでください。この建物のなかには、いろいろな分野の学問の記録があります。星々の資源をしるした地図もあります。いいほうに役立たせてください〉
ミキ隊員が思い出したように質問した。
「ガンマ星の異変も終るのでしょうね」
〈ええ、もうその必要がありませんからね。いま、ボタンを押します。それで異変は終ります。では、みなさん、あとをよろしく。さよなら。わたしはただひとり、この時を待ちつづけた。これで重荷をおろした気分です〉
装置から機械の腕がのび出し、ボタンを押した。モリ隊員が聞く。
「あなたはどこにおいでなのですか。こんなすばらしい文明をゆずっていただき、わたしたち地球人は感謝しきれない気分です。お会いしてお礼を申し上げたいのです」
しかし、もう装置はなにも答えなかった。それでも、みなはあきらめなかった。装置に近づいて調べ、そこから出ている電線をみつけた。それをたどって、建物のなかを歩いた。このさきには、その住民がいるはずなのだ。
そして、地下室に行きついた。だが、そこにも住民はいなかった。台の上に透明な容器があるだけだった。なかには液体があり、そのなかに白っぽいものが浮いていた。
「これはなんなのでしょうか」
ノブオが言い、お父さんが説明した。
「たぶん、このミルラ星の住民の、最後のひとりの脳だろう。文明をゆずる相手をみつけるまでは死ぬわけにいかない。そこで、脳だけこうやって生きつづけ、装置と連絡してようすを知りながら待ちつづけたのだ」
容器のなかの液体は、一本のパイプで流れこみ、もう一本のパイプで流れ出ていた。だが、その流れがゆるやかになり、やがて止まった。
「あ、これではだめになってしまう」
「おそらく、さっきボタンが押されたので働きをとめたのだろう。きっと長い長い年月、話し相手もなく待ちつづけ、ここらでやすらかな休息にはいりたかったのだろう」
みなは頭をさげた。おごそかな空気があたりにただよった。いまここで、ひとつの文明の引きつぎが行なわれたのだ。
ノブオも、お父さんも、ミキ隊員も、だまって立ちつづけるだけだった。だれもなにも言わなかったが、心のなかで思っていることは、おたがいによくわかっていた。
ゆずられた文明によって、地球人はもっとすばらしくなるのだ。しかし、それと同時に、宇宙についての大きな責任も受けついだのだ。うまくやっていけるだろうか。うまくやらなければいけないのだ。
ペロだけが、そばで楽しそうにほえていた。