逃げ出さない
―そうではない―
カイコは 歩き廻らなくて よい
逃げ出さなくて よい
四千五百年の間に
餌を 与えられ続け
糞の始末を され続け
交尾の相手を あてがわれ続け
歩くことを 忘れてしまった
逃げ出すことを 忘れてしまった
シャアシャアと 桑を食い
シャアシャアと 図太く 生きながら
ヒトの為に
唯 太らせてくれた ヒトの為に
光る糸を吐く
命を 振り絞って 糸を吐く
捜さなくて よい
飛ばなくて よい
唯 桑を食い
千メートルもの 輝く糸を吐く
歩かないからと
逃げ出さないからと
誰が 笑えようか 誰が 侮れようか
誰が 傷ぶれようか
無心に 一本の糸を吐き続け
生き そして 死んでいくものたちよ
そういう「生」もあるのだ と
そういう「死」もあるのだ と
誰が 合点せずに おれようか