静かな夜のひととき
テレビの歌謡番組に合わせてか、妻の口ずさむ歌が聞こえる。
結婚以来全くといってよいほど 耳にしたことのなかった妻の、心なし照れているような歌が聞こえる。
二人の娘を育てあげ 今また孫をあずかって、
四十年間 甲斐甲斐しく動き回った妻に
歌など口ずさむ余裕はなかったのか…
今こうして私が聞き耳を立てているのも知らないで
妻の か細い歌はつづく。
表情はおだやかだろうか。
心はくつろいでいるのだろうか。
やっとつかんだ自分の時間をさもいとおしむように
妻は自分と自分の夜を紡いでいる。
私も又 いつになく嬉しくなって
妻への即興詩を口ずさみながら
妻の紡ぐ時間の繭の中にいる。
そして…
春を裁つ二人の時間
残照のような生の時間が やがて
私のまわりで凍てつきながら
泣き笑いをし初める。
傾く夜の深まりのなかで…