砂穴から
海を嗅ぐようにのぼってきた
甲羅はまだ柔らかく震えているが
生まれてきたという確かな形だ
歩き出さねばならない
振り返ってはならない
限られた夜に
むきだしのままの
いのちが進んで行く
色の無いしんとした浜辺に
子亀を引っぱる大きな影を見た
生き
生かされている気配と向い合って
私も砂の上を急ぐ
子亀の足音は
薄紙を折りたたむような
微かな音だ
その音が
私の中を通り抜けて行った時
自分の在り処が
ふつふつと一筋の線になった
どこからが海だろう 空だろう
母亀のまなざしのように
降ってくる
仄かな月光を浴びて
前へ
前へ
前へ
懸命に海をたぐり寄せるのだ
月が降りて
海の匂いが 一層濃くなった
私にも向かう海があるか
導いてくれる手があるか
波音が 美しく高い