私への警戒心を 露わにしていた
脳梗塞の後遺症と認知症のある
要介護五の彼女を前に 私も身構えた
先輩のヘルパーに同行し
初めて静子さんの部屋を訪れた日のこと
自己紹介の後 次の言葉が見つからない
資料の記憶を手繰り寄せ
思い切って 声をかけた
「静子さん 歌がお上手だそうですね!
なんという歌が お好きですか?」
静子さんは 私を凝視し
顔をゆがめ 大声で叫んだ
「忘れた!この人は 難しいことを尋ねて
私を困らせるぅ!」
静子さんのゆがんだ顔と叫び声とが
いつまでも 耳の奥にこびりついた
数回の同行を経て
私一人での支援の日が訪れた
一連の介護を終えてから
枕元で そっと
ある童謡を 口ずさんでみた
「柱の傷は おととしの 五月五日の背比べ
粽たべたべ 兄さんが 計ってくれた背の丈」
途中から 静子さんの声が重なった
次第に大きく 張りのある歌声が響いた
九十三歳とは思えない音色と歌唱力
静子さんの目は まっすぐに私を見つめ
大きな瞳を キラキラ輝かせている
少女の顔をした
静子さんがいる
一つの歌が 静子さんと私とを結んでくれた
「背比べ」は 二人の記念曲
今日も 童謡集を鞄にしのばせ
静子さんの部屋を訪ねる
彼女の沁み入る歌声が
聞けそうな 予感がする