「そうかい、そうかい。人間の王子に会うために、人間の女にねえ。なるほど。まあ、わたしの力を持ってすれば、人魚のしっぽを人間のような足にかえることは出来るよ。でもそのかわりに、足は歩くたびにナイフをふむように痛むよ。それと、もしお前が王子と結婚できなかったら、お前は二度と人魚には戻れない。いや、それどころか心臓が破れて、お前は海のあわになっちまうんだ。それでもいいんだね」
「いいわ。王子さまと、一緒にいられるのなら」
「よしよし、ああ、それから。願いをかなえるほうびに、お前の声をもらうよ。お前の声は、海の世界で一番美しいと評判だからね」
魔女の力で人間の女になった人魚姫は、口のきけない身で人間の世界へ戻り、王子の城をたずねました。
「おお、なんと美しい娘だ」
王子は人魚姫をひと目見て気に入り、妹のようにかわいがりました。
しかし王子の心は、命の恩人と思いこんでいる、あの浜辺で会った娘にうばわれていたのです。
やがて王子と娘は、結婚式をあげることになりました。
二人は船に乗りこむと、新婚旅行に向かいます。
王子と結婚できなかった姫は、次の日の朝、海のあわになってしまうのです。
しかし人魚姫には、どうすることもできません。
ただ、船の手すりにもたれているばかりでした。
そのとき、波の上に人魚姫のお姉さんたちが姿を見せました。
「魔女から、あなたのためにナイフをもらってきたわ。これで王子の心臓(しんぞう)をさしなさい。そしてその血を足にぬるのです。そうすれば、あなたは人魚に戻れるのよ」
(もう一度、人魚に!)
人魚姫はナイフを受け取ると、王子の眠る寝室へと入っていきました。
(王子さま、さようなら、わたしは人魚にもどります)
人魚姫は王子のひたいにお別れのキスをすると、ナイフをひといきに突き立てようとしました。
「??????」
でも、人魚姫には、愛する王子を殺すことができません。
人魚姫はナイフを投げ捨てると、海に身を投げました。
波にもまれながら人魚姫は、だんだんと自分のからだがとけて、あわになっていくのがわかりました。
そのとき、海からのぼったお日さまの光の中を、すきとおった美しいものが漂っているのが見えました。
人魚姫も自分が空気のように軽くなり、空中にのぼっていくのに気づきました。
「わたしは、どこに行くのかしら?」
すると、すきとおった声が答えます。
「ようこそ、空気の精の世界へ。あなたは空気の精になって、世界中の恋人たちを見守るのですよ」
人魚姫は、自分の目から涙が一しずく落ちるのを感じながら、風ともに雲の上へとのぼっていきました。