わたしは、高い空の上にいる月です。
タ方から朝になるまで、いろんな国のいろんなところをながめます。
では、ゆうべ見たことを話してあげましょう。
それは、暗くなったばかりのころです。
ある家の庭を見おろしていると、すみのほうにニワトリ小屋がありました。
そのまわりを小さい女の子が、バタバタかけまわっているのです。
小屋の中には、お母さんどりが一羽と、ヒヨコが十一羽いました。お母さんどりは、こわがるヒヨコたちを羽の下にかくしてオドオドしています。
(ニワトリたちは、眠っているところを起こされて、どんなにビックリしただろう)
と、わたしは思いました。
コッ、ココッ、ココッと、お母さんどりは、鳴きさけびます。
きっと、
「むこうへいったらあぶないよ。お母さんのそばを、離れるんじゃありませんよ」
と、ヒヨコたちにいっているのでしよう。
小さい女の子は、かけまわったり、金あみをゆすったりします。
ニワトリたちが、かわいそうです。
でも、わたしは高い空にいるのです。
女の子を、とめることはできません。
そこへ、家の中からお父さんらしい人がとびだしてきました。
お母さんどりのさけび声を、聞きつけたのでしょう。
「これ、およし。寝ているところを、おいたしちゃいけないよ」
お父さんは、女の子を連れて家の中へはいりました。
わたしは、ホッとしました。
ところが、きょう、夜になってからです。
わたしはきのうの、あのトリ小屋のある庭を見ていたんですよ。
もう、ヒヨコもお母さんどりも、とっくに小屋の中で眠っていました。
『そろそろ、人間たちも眠るころだな』
わたしが、そう思ったときです。
家の中から、きのうの小さい女の子がまた出てきたのです。
女の子は、そろりそろりと、トリ小屋へ近づいて戸をあけると、中へ入っていくではありませんか。
眠っていたお母さんどりも、ヒヨコたちもビックリ。
鳴きながら、パタパタと小屋の中を逃げまわります。
小さい女の子は、お母さんどりの行くほうへ、クルクル追いかけます。
『なんて、しようのない子だ。眠っているトリをいじめるなんて!』
わたしは、おこりたくなりました。
でも、空にいる月なので、やっぱりどうすることもできません。
ハラハラしていると、お父さんがやってきて、女の子をつかまえました。
「よしなさい。だめじゃないか。きのういい聞かしたのに、またニワトリをいじめたりして」
お父さんがこわい声でしかると、女の子は涙を浮かべました。
「さあ、いってごらん。どうしてニワトリをいじめるんだい?」
お父さんがたずねると、女の子は、わっと泣きだしました。
「ちがうわ。いじめたりなんかしないわ。わたし、お母さんどりにあやまりにきたの。きのう追いかけたから、ごめんなさいねって、キスしようと思ったのよ」
「そうか、そうだったのか」
お父さんはニッコリして、女の子のひたいにやさしくキスしました。
『ああよかった。あの子はやっぱり、いい子だったんだ』
わたしも、うれしくなりました。
それで高い空から、女の子を明るくてらしてやりました。